そのLRTは本当に「次世代型」路面電車なのか 新型車両導入より運賃収受方法の改革が必要

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しかし、宇都宮市のウェブサイトのLRTの特徴の説明には、ヨーロッパの路面電車の肝心なポイントが抜け落ちている。それは運賃収受方式だ。運賃収受方式は、表定速度、ダイヤ、輸送力、必要車両数に影響する。

ストラスブールの全長40m、定員300人の車両には幅広の扉が片側に8カ所あり、この8カ所で一斉に乗り降りする。乗降に要する時間が短いから表定速度が高い。乗った扉から降車できるから車内移動は不要でベビーカーも車いすも楽に利用できる。まさに「人にやさしい路面電車」である。定員が大きくパーク・アンド・ライドに対応できるから、中心市街地へ流入する自動車を減らすことができる。「環境にやさしい路面電車」である。

「人と環境にやさしい路面電車」を担保しているのが、「セルフサービス方式(わが国では「信用乗車方式」とも呼ばれる)」の運賃収受である。乗客は、乗車前に停留場等の券売機で乗車券を購入し、停留場または車内に設置の消印機で消印(改札)する方式だ。運転士は運賃収受に関わらない。

この方式は、1960年代の半ばにスイスで始まり1970年代の初めに西欧各国に普及、その後、アメリカ、東欧、アジア(香港、台湾)にまで普及した。この運賃収受方式の採用で、路面電車は高い利便性と表定速度、大きな輸送力を備えることとなり、今日の地球規模の路面電車大活躍時代が到来したのである。

わが国は、この方式をいまだに採用していない。低床車がいくら増えても、車内移動というバリアが残ったままだ。「人と環境にやさしい路面電車」でなくては現代の都市交通システムとは言い難い。運賃収受方式の革新は急務だ。

必要なのは車両ではなく、サービスの改革だ

わが国の各都市が導入をもくろむ次世代型路面電車とは、現に今ヨーロッパに走っている路面電車を指している。わが国にとっては次世代型ではあっても、諸外国で当たり前に使われているものを次世代型と呼ぶのは不自然であり、胡散臭さを感じる。

利便性の高い路面電車の導入とは、次世代型という言葉に象徴される革新的な電車(ハード)を導入することではなくて、グローバルスタンダードの運賃の収受方式(ソフト)の導入なのである。わが国の路面電車が「旧世代型」なのは、このソフトが伴っていないからである。

宇都宮市はウェブサイトのQ&AのAをもっと詳しくして、利便性の高い路面電車を導入することをハッキリと示すべきである。そのためには、運賃収受にセルフサービス方式の採用が必須であることを説明し、それには市民(乗客)の協力が欠かせないという啓蒙を今から行う必要がある。

セルフサービス方式の採用には、いろいろな抵抗も予想される。それをおそれて次世代型路面電車という「何となくよさそうな電車」と曖昧にしておくのはよくない。物事ははっきりすべきだ。

宇都宮LRTは今年度末に着工される。わが国にも利便性の高い路面電車が導入されることが、ついに現実となってきた。だからこそ言いたい。ヨーロッパでは当たり前の路面電車を次世代型路面電車と呼ぶのは、もう卒業したいものだ。

柚原 誠 技術士(機械部門)

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ゆはら まこと / Makoto Yuhara

1943年生まれ。岐阜大学工学部卒業。名古屋鉄道入社。鉄軌道車両の新造、改造、保守業務に従事。運転保安部長、交通事業本部副本部長、代表取締役副社長・鉄道事業本部長・安全統括管理者を経て2009年退任。この間に「人に優しい次世代ライトレール・システムの開発研究に関する検討会」に委員として参画。鉄道友の会副会長。技術士(機械部門)。

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