SNSで炎上する会社とファン動かす会社の差 本物の体験と動機を理解しなければならない
日本のポップカルチャーを研究する文化人類学者のイアン・コンドリーは、次のように語っている。「エンターテインメント業界は、キャラクター作りにプロが必要だと信じ込んでいた。ミクを見ればそれが間違いだとわかる。昔からヒット映画を作るカギはストーリーだと言われていた。マンガには人気キャラクターが必要だと言われていた。ゲームには壮大な世界観が必要とされていた。ミクはそのどれにも当てはまらない。そこが面白いんだ」
そもそも、ミクは宣伝材料にすぎなかった。クリプトン製の音声合成ソフトの一般的なファンが手に取りやすいようにソフトのパッケージに描かれたイメージキャラクターだった。
「初音ミクがあれほど一気に世界中に拡散したことに、自分たちが驚いた」と言うのは、クリプトン社でアメリカ/欧州のマーケティングを担当するギヨーム・デヴィーニュだ。「インターネットに突然湧いた大量の曲や絵や動画をどうするか、急いで決めなくちゃならなかった」。
クリプトン社は、これほど多くの日本人ファンを相手に使用権を争って不快な思いをさせるよりも、「商業目的でなければ使用を無制限に認める」ことにした。ファンはタダでミク関連の創作をできることになり、それを自由に拡散してよいことになった。
実はこの頃、ニコニコ動画上では違法動画が摘発されていた。レコード会社や制作会社は著作権侵害にあたる動画の削除を求め、ニコニコ動画はその穴を埋める材料を探していたのだ。その穴を埋める役割を果たしたのが、初音ミクだった。彼女は今や日本のみならず、アメリカのライブで3万人以上を動員する「世界の歌姫」となっている。
ソーシャルメディアに集ったファンが大企業を動かす
ソーシャルメディアにより力を得たファンが大企業を動かした事例として、「サージ・ムーブメント」を紹介しよう。
サージとは、米コカ・コーラ社が1996年に発売を開始した炭酸飲料ブランドだ。ライムグリーンの缶に赤い爆発マークとストリートアートのようなロゴがついたサージは、ペプシコの人気飲料マウンテンデューに対抗する商品だった。中身の炭酸は草っぽい緑色で、酸っぱいレモン味だった。糖分は極めて高い。
サージの広告にはレーシングカー、スケートボード、軍事作戦、その他のエネルギー消費の多い活動が使われた。10年後にカフェイン入りエナジードリンクのマーケティングで使われたのも同じものだ。当時の多くのティーンエージャーにとって、サージは独立、自由、受容といった、はじめて経験する繊細な感情と結びついていた。
サージの過激な広告は、思いがけない反応を呼び起こした。多くの教師や親の団体が、学校や子どもの多い場所へのサージの持ち込みを禁じたのだ。1997年にAP通信の記事で「スリルを求める若者を狙った商品」として警告を受け、「生徒の私語やいたずらが増える」とされた。コカ・コーラは、「サージのカフェイン含有量は他の炭酸飲料より少ない」と対抗し、研究でも糖分と多動にはなんのかかわりもないことが証明されている。それでも、サージのプラセボ効果は絶大だった。2002年までには、サージの売り上げは下がっていた。公式な発表はなかったが、スーパーの棚や飲料クーラーからサージは消えていった。
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