「若者が出世を望まない」心境の裏にある本質 自分だけが前に出るのをよしとしない文化も

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ただもう1つ、大きな理由があるように思います。それは、そもそも自分だけが前に出る、自分だけが突出するということをあまりよしとしない意識が、日本人の中には依然あるのではないかということです。

1980年代に、社会学者の浜口恵俊が、「日本は個人主義でも集団主義でもなく、間人主義の国である」と指摘したように、人と人との間柄を何よりも重視する意識が根底にある。個々人が自己利益のために生きるのも、集団の論理の中に自分を埋没させ、集団の利益のためだけに従うのも嫌う。人と人とが互恵的な関係をつくり、その中で自己のアイデンティティを見いだしてよりよく生きようとする意識が、まだまだ日本人の根底にはあるのではないかということです。

権威を嫌う心理の内側にあるもの

そうした日本人の根底にある価値観を垣間見る、もう1つのデータがあります。先述した世界価値観調査で、「将来の変化:権威に対する尊敬が高まることがよいことだと思うか」という設問について、60カ国平均では「よいことだ」という回答が55.1%、「悪いことだ」という回答が13.1%となっているのに対して、日本は「よいことだ」が7.1%にすぎず、「悪いことだ」が74.0%にもなっているのです。

権威という言葉をどう受け止めたのかが国や個人によって異なる可能性はありますが、たとえ尊敬されるぐらいすばらしい人や組織であっても、その人や組織に権威や権力が集中することはよくないという意識が、世界の中で突出して高くなっているのです。

誰かに権威や権限が集まれば、集団の論理が強くなり、そこに従属しなければならなくなる。たとえ、みんなが尊敬する人であっても、そこにつくられる関係は権威を持つ人と、そこに従う人たち。この構造自体をよしとしない価値観が、日本人の中にあるのではないではないかということです。

こうしてみてくると、若手社員の素直な感覚、すなわち、上下という固定的な関係よりもフラットな関係のほうがよい、互いを認め合い尊重し合うことが大切だという感覚は、日本人の多くの人たちが根底には持っている感覚なのではないでしょうか。

それを押し殺して働いてきた管理職世代も最初は違和感を覚えながらも、いつの間にか仕方がないことだと受容してきたのではないか。でも、今の若手世代はそうした影響よりも、フラットにボーダレスでつながる社会の中で育ってきている。だから、彼らは自然に口にしている。それだけの違いなのかもしれません。

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だとするとここに、わたしたち日本人らしい感覚で未来を切り開いていく新しいリーダーシップのあり方が見えてきそうです。

上下という縦の関係性で人を動かしていくという発想ではなく、横のつながりで互いに影響を与え合い、一緒に動き出していく。1人で前に踏み出すのではなく、みんなで対話し、連動しながら踏み出していく。自分から踏み出せなくても、踏み出した人を応援することに価値を見いだす、応援し合う関係をつくる。さらに、リーダーを固定せず、状況に応じて、みんなが柔軟に交代しながらリーダーになる。そういった発想の転換をしていったほうが、自分たちの根幹にある感覚と素直にフィットするのかもしれません。

管理職になりたくない、リーダーになりたくないという言葉の本当の意味を議論しながら、自分たちの心の中にあるとらわれに気づきつつ、逆にどうすれば未来に踏み出していくリーダーシップを、多くの人たちが自然に取れるようになるかを考えてみる。そのとき、本当に自分が前向きに踏み出していくには、どのような関係性があればいいのかを、本音で対話してみる。こうした対話を通じて、管理職やリーダーのあり方を根幹から問い直すことが求められているのかもしれません。

高橋 克徳 ジェイフィール代表取締役、東京理科大学大学院イノベーション研究科教授

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たかはし かつのり / Katsunori Takahashi

1966年生まれ。一橋大学大学院修士課程終了、慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。野村総合研究所、ワトソンワイアットを経て、2007年「組織感情とつながり」を機軸とするコンサルティング会社ジェイフィールを共同で設立。関係革新、仕事革新、未来革新をテーマに、互いの感情と向き合い、思いを重ね、未来に踏み出す組織づくり、リーダーづくりを支援している。2013年より東京理科大学大学院イノベーション研究科教授を兼任。ご機嫌な職場づくり運動実行委員長。組織や職場をめぐる社会課題をどう解決するかという視点で、著作・講演活動を行っている。『不機嫌な職場』(共著、講談社)は28万部を超えるベストセラーとなる。その他、著書多数。

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