日本人が知らない「ネット覇権」の世界的闘争 欧米と中露がルールづくりでせめぎ合う理由
ではなぜサイバー犯罪のようにルールが作られないのか。実はルールを作る取り組みは行われているのだが、西側諸国と中国やロシアが対立し、せめぎ合いを繰り広げており、そのために、何らかの合意にいたる気配がないというのが現状なのだ。
例えば中露は、西側諸国の提案するサイバー空間の“規範”を明確に拒絶。米国をはじめとする欧米に、サイバー空間で主導権を渡さないよう対抗する姿勢を隠さないでいる。
西側諸国と中露の間で、サイバー空間を巡って一体どんな主導権争いが展開されてきたのか。サイバー空間のルール作りで繰り広げられている“覇権争い”とは、どんな様相なのか。
まずは西側諸国の立ち位置を知るために、10年前のエストニアの大規模サイバー攻撃に話を戻したい。
当時、集団的自衛権を行使しなかったNATOは、事の重大性を十分に認識しており、2008年までにNATOにとって初めてとなるサイバー防衛政策を制定した。その後も2013年、NATOの「CCDCOE」(サイバー防衛協力センター)がサイバー空間の紛争においての規範を示した「タリン・マニュアル」という文書を作成した。
このタリン・マニュアルでは、現行の国際法をいかにサイバー空間に適用するかがまとめられている。ただこの文書は、現実には、西側諸国の専門家たちが集まってまとめた単なる提案に過ぎないと言っていい。それでも、サイバー政策の歴史的にも重要で参考になる文書として世界的に知られており、2017年2月には改訂版の「タリン・マニュアル2.0」も公表されている。
挫折した米国と国連の試み
一方で、「インターネットの生みの親」でサイバー大国と言われ、サイバー空間でも世界的に大きな影響力をもつ米国は、どんな立場を取っているのか。米国は、サイバー空間にも国際法の基本的なルールが当てはまるという見解だ。
この方針は、2011年、当時のバラク・オバマ政権が発表した「サイバー空間の国際戦略」で初めて明確に示された。この戦略で米政府は、米国が敵国からサイバー領域で攻撃された場合は、国際法に則って、外交的、国際的、軍事的、経済的な手段を駆使して対処すると主張している。
また国連も、サイバー空間の国際的な規範を作るべく取り組んでいる。国連は2010年、米国や中露を含む15カ国からなる「サイバーセキュリティ政府専門家会合(GGE)」を設置し(2017年には25カ国に拡大)、米主導で国際法を当てはめたサイバー空間の規範を作るべく議論を重ねた。そしてGGEは、これまでいくつかのルールに合意していた。
例えば、意図的に他国のインフラへの妨害行為は行わないことや、サイバー事案に対処する緊急チームを妨害しないこと。さらにサイバー攻撃の捜査をすべての国々が協力することや、サイバー攻撃を放った国がその責任を負う(サイバー攻撃では他国のパソコンなどを踏み台にする場合が多いため、その領域管理責任)、といったものだ。