日テレ「先僕」が描く、学校のリアルな課題 「HERO」「龍馬伝」の脚本家・福田靖氏に聞く

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――蒼井優さん演じる真柴先生の「目の色が変わった生徒たちを見て思ったんです。本当に変わるべきは自分だったんだって。」という言葉には強く感銘を受けました。 ドラマを通して、福田さんが先生に最も届けたいメッセージ何でしょうか?

これからの時代、いい学校に入っていい大学を出ただけじゃ保険のうちに入らないので、いかにタフに生き延びていけるかが大切になります。ブラックな状況に置かれても、逃げるか残るかの判断力とか、とにかくタフに生きていける人間を育てることが大切だと。イコール人間力ですが、人間力を育てるためにはそもそも教師に人間力があるのかどうかが問題になりますよね。で、教師が人間力を持つにはどうしたらいいんだろう、という議論になるわけです。いかに先生たちが社会のことを勉強して、肌で感じて、それを生徒に教えるんだ、伝えるんだという意識を持つかが重要になる。先生の大変さもよくわかったので、簡単じゃないのは重々承知のうえですが。

そのためには、クラブ活動等を分担したり、先生の仕事をもう少し絞っていかないといけないでしょう。もしかすると、授業を教える先生と、そういうの(人間力を育てるために必要なこと)を教える先生とを分けなきゃいけないかもしれない。やはりシステムを変えるべきだなと思いました。

―― 今回の脚本執筆を通して、福田さんご自身の先生に対する考えは変わりましたか?

最終的には、僕はドラマの中で先生という職業を肯定したいと思っています。それを鳴海のセリフのなかに込めました。

取材で「先生になって良かったことはなんですか」って聞いたとき、「大人に対してはいろいろありますけども、少なくとも先生は生徒に対して噓をついちゃいけないこと」と言った先生がいました。

主に執筆は早朝から昼にかけて行う。午後は執筆作業から離れて、プライベートな時間を過ごしている(撮影:今井康一)

――「生徒に正直であること」を良かったこととして語れるのは、すばらしいですね。

もう1つ、取材で聞いてすばらしいと思ったのは、「金持ちになりたくて先生になった人はいません」という言葉です。

ビジネスの世界は華やかで、ロンドンに出張したりすごいかもしれないけれど(注:主人公の恋人は商社勤めで、ロンドン出張など海外でも活躍しているという設定)、先生の仕事はというと、相変わらず生徒が万引きしたとかなんとかで、大変だったりする。でも、先生の仕事ってすばらしいと鳴海が思うようになるストーリーにできたらいいなと思いました。

教育は誰もが通る道だが…

――先生は、「学校でちゃんと教育しているのか」とか「使えない人材を送り込んでくるな」といった社会からの批判にさらされています。先生が抱えている葛藤や苦悩を社会に伝える意図もあったのでしょうか。

それはあります。自分の子どもがどんな授業を受けているのか、そもそも先生がどんな準備をして授業に臨んでいるのかも、たぶん知らないでしょうし。だからやはり、みんなおなじみで、みんなが知っている世界だけど、実はこんなドラマや、こういうぶつかり合いがあるんだよ、ということを、パッと箱を開けて見せたいというのはあります。

(ドラマが始まる前は)教育というのは、誰もが通っていく道だから、そこにお客さんがいないような気はあまりしていなかった。ですが(ふたを開けてみると)いないわけじゃないけれど、問題意識を持っているかどうかは別の話だったり。それが視聴率に表れているのかもしれませんね。

――――このドラマを通して、これからの社会における教育のあり方や次世代になにを残していくかということを考えていくきっかけになればいいですね。

そうですね。この先きつい時代が待っているのは、もう絶対間違いないのに、この国の人たちは社会についてどこかで諦めていて、個人主義に走っている。社会はやばい方向に進んでいるから、せめて自分や家族だけでも難を逃れたいとなっている。子どもは社会の宝と言いながら、実は個人でなんとかしろっていう空気がある気がします。次世代を育てる学校はとても大事なのに、そこに目が向かないのは、そのまま教育に対する視線の数の少なさと同じだと思います。

今後何年かはつらい時代がきっと来るけど、10年後、20年後に盛り返していくためにはやっぱり教育が大事だということをどこかで言わないといけないと思います。

「海猿」のヒットによって海上保安庁に志願する人はもう何倍にも増えたし、そもそも海上保安庁という存在を多くの人に知ってもらえた。「HERO」では、司法試験を受かって検事を志望する人がたくさん増えた。そういう意味ではこういうドラマがよいきっかけになってくれたらいいですね。

福島 創太 教育社会学者

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ふくしま そうた / Sota Fukushima

1988年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、株式会社リクルートに入社。転職サイト「リクナビNEXT」の企画開発等、企業の中途採用に関するさまざまな業務に携わる。退社後、東京大学大学院教育学研究科修士課程比較教育社会学コースに入学し、若者のキャリア形成について研究、修了。現在は同大学院博士課程に在学しつつ、株式会社教育と探求社で、中高生向けのアクティブ・ラーニング型キャリア教育プログラムを開発。また、一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブで、生徒の21世紀型スキルを育む教員の支援、研修にも従事している。近著に『ゆとり世代はなぜ転職をくり返すのか?――キャリア思考と自己責任の罠』(ちくま新書)。

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