ヤバすぎる風俗の経営者が足を洗った事情 デリヘルドライバーを機に人生立て直し

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決定的に「これはおかしいぞ」と思ったのは、渋谷店が地元の渋谷署に潰され、そのまま新宿店、秋葉原店と摘発を受けたときだ。

所轄が管轄を跨(また)いで摘発するのは普通ありえない。完璧に、悪質だとにらまれマークされていた。全店舗が摘発されるまでは、まさにあっという間だった。

駒井は都内のホテルを転々とする逃亡生活を始める。自宅には私服刑事が張っていたからだ。2010年の年末だった。それでも、駒井は楽観的だった。春になればほとぼりもさめるだろう。店舗は残っているしカネもある。またやり直せばいいさ、と。

そこで3月になり、そろそろ大丈夫だろうと夜明け前にマンションに戻り、横になったところでドアが乱暴にノックされた。オートロックのマンションだから、明らかに異様なことだった。まだ籍を入れてなかった現在の妻と暮らしていた。刑事が5、6人令状を手に踏み込んできた。彼女は驚き、泣いていたという。

罪状は風営法違反、無許可営業、一部の店舗の許可取得虚偽・名義貸し(店長の名前で許可取得していた)など。普通なら200万円以下の罰金刑だ。しかも警察はバックにヤクザがいることをつかんでいた。けれど駒井は最後まで口を割らなかった。一時は出張ホストから男娼にまで身を落とした自分を、ここまで引き上げてくれた若頭に義理立てしたのだ。

結局、懲役1年の実刑が言い渡され服役する。半年後、仮釈放で出られたが、財産は不当に取得したということで、すべて没収されていた。唯一残ったものがあったとしたら、後に籍を入れた妻である。

「奥さんはどういう人なんですか?」と聞いてみた。「高校の同級生なんだよね」と答えた。意外だった。何となく、風俗時代に知り合った女性だと思っていた。「高校の頃は口をきいたこともなかったんだよね。オナクラやってたときに地元で同窓会があって初めて話して。嫁も東京でOLやってたからまた会おうか、みたいな。俺、その頃羽振りがよかったでしょう? いろんなもの買ってやったし、海外旅行とかもよく行ったし。だからパクられてカネなくなったら捨てられると思ってたんだけどね。うん、なぜかそうはならなかったね」。

まるで、浦島太郎になったような気分

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出所後の駒井は妻と2人、西武国分寺線の恋ヶ窪に1Kの安いマンションを借りて暮らし始める。会社勤めの妻の給料だけではやっていけないので、夕刊紙の三行広告でデリヘルドライバーの職を見つけた。

車は自分持ちという条件だったが、妻がスズキの軽自動車ワゴンRを持っていたので、それを使った。「風俗に復帰して、何か感じたことはありました?」と聞くと、「女の子が変わったよね」と言う。

ホテトルの頃はまだバブルの残り香があった。ブランド物が欲しいとか、ホストに貢ぐ女が多かった。オナクラの時代になると、「コスプレをしたいから」という理由で風俗に来る娘もいた。「女にもオタクがいるんだ」と驚いたものだ。

それが、駒井が刑務所にいる間にすっかり変わっていた。

真面目な娘がほとんどだった。親の借金を返したい娘、大学の授業料を自分で稼いでいる女子大生。この国は、いつの間にこんなふうになってしまったんだ? ハンドルを握りながら駒井は思った。まるで、浦島太郎になったような気分だった。

出所後、若頭の下に戻って、もう一度風俗経営に乗り出すということは考えなかったのだろうか? そう聞くと、「それはないです。あそこで、逮捕されたときで俺の人生は終わったと思ってるから。あのとき死んでいても別によかったかなと思う。今の人生は、禊(みそ)ぎのようなものです」と答えた。

「禊ぎ」という言葉を胸に、駒井祐二はハンドルを握り続けた。そして1年間働いてカネを貯め、手に職を付けるため専門学校へ通った。今はその技術を生かし、一般企業で働いている。結婚を機に妻の方の養子に入ったため、姓も変わり、今は誰も彼の過去を知る者はいない。

東良 美季 ライター

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とうら みき / Miki Tohra

1958年生まれ。カメラマン、音楽PVディレクター、グラフィックデザイナーを経て現職。共著に『新幹線、国道1号を走る』(交通新聞社新書)。

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