通信業界の信用力は安定的、ただ携帯への依存は当面続く《スタンダード&プアーズの業界展望》

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スタンダード&プアーズ
事業会社・公益事業格付部
主席アナリスト 小林 修

 日本の大手総合通信事業3グループである日本電信電話(NTT、会社格付け「AA/安定的/A‐1+」)、KDDI(A/安定的/-‐)、ソフトバンク(BB/安定的/--)は、おおむね安定的で高い収益力とキャッシュフロー創出力を維持している。NTTとKDDIは活発に設備投資を行う一方、債務を継続的に減らし、財務内容を着実に改善してきた。国内第3位のソフトバンクも、ブロードバンド事業の収益貢献や固定通信事業の黒字転換に加え、携帯電話事業の業績も良好に推移している。2006年に事業証券化で調達した債務の累積返済額も、当初のスタンダード&プアーズの想定を上回るペースで推移している。上位3グループの信用力見通しは安定的であるが、中期的な課題は、次世代の収益の柱となる事業の姿、それを支えるビジネスモデルが必ずしも明確でない点であるとスタンダード&プアーズは考えている。

過去1年間に事業モデルの見直しが大きく進んだ携帯電話事業

 この1年で、携帯電話事業の事業モデルは大きく変わった。先行したソフトバンクに続き、NTTドコモとKDDIが2007年11月に新料金プランを導入したことで、携帯電話端末価格と通信・通話料金の区分けを明確にし、端末価格を引き上げる代わりに通信料を安くする、いわゆる「分離プラン」が出そろい、端末の割賦販売も浸透してきたためである。「分離プラン」は携帯電話各社にとって端末販売奨励金の管理が容易になるというメリットがある。また、端末の買い替えサイクルが延び、販売台数が減少していることは、長期的な市場の成長にとってマイナスとなる可能性もあるが、販売連動経費が減少した結果、NTTドコモの2008年4~6月期では収益面での改善要素となった。

 一方で、携帯端末の割賦販売増加による資金負担が運転資本を圧迫するという財務上の新たな課題が浮上している。契約者が支払うべき端末代金の大部分を分割して回収するためである。たとえばソフトバンクモバイルは割賦売掛金残高が増加しているため、2007年6月以降、四半期ごとに割賦債権の流動化を実施し、NTTドコモも2008年6月に約6年ぶりとなる800億円の社債を発行した。今後、割賦販売が定着すれば割賦債権と割賦代金回収のバランスが改善し、営業キャッシュフローへの影響も軽減されていくと予想されるが、引き続き新規加入者が増加している状況下では、割賦債権の増加は一定の運転資本圧迫要因となるだろう。また割賦債権の増加に対応した資金調達方法は各社の信用力や財務の柔軟性の差を反映しており、今後も資金負担が増加していけば、財務内容とりわけ流動性など財務の柔軟性の差が広がる可能性もあるとみている。

新規の携帯電話契約者の獲得は一段と困難に

 2008年8月末現在の国内の携帯電話加入者は前年同期から5.6%の伸びを維持している。NTTドコモは依然として全契約数の過半を占めているものの、2007年8月末の53.5%から1年間で2ポイント低下した。一方、ソフトバンクモバイルは月間の純増契約数(新規契約から解約を差し引いたもの)で16カ月連続首位を維持し、契約数のシェアは2007年8月末の17.0%から大きく上昇している。2007年3月にサービスを開始したイー・モバイルの市場シェアはまだ1%に届いておらず、寡占状況に変化はない。

 「分離プラン」と割賦販売の導入に加え、一定期間の契約維持を求める割引プランの投入で、携帯大手3社の解約率は揃って低下傾向にある。解約率の低下は顧客獲得・維持費用の削減につながるが、裏を返せば市場が成熟し、新規顧客の獲得余地が一段と狭まっていることを意味している。1契約当たり総合月間平均収入(ARPU)は今後も引き続き減少圧力にさらされるとみられ、音声ARPUが減少するなか、データARPUの向上を図ることは各社共通の課題である。

 総合ARPUのおよそ3分の1を占めるデータARPUは増加傾向にある。2008年4~6月期では、NTTドコモは1年前と比べ9.9%増、KDDIは5.3%増、ソフトバンクモバイルは17.0%増とそれぞれ伸びたが、それでも音声ARPUの減少を補いきれていない。データサービスで普及しつつある定額制では、月額料金の上限が決められており、それ以上のデータARPU増加は見込めない。今後はコンテンツの充実、データ通信への誘導策(データ通信に直結するボタンの端末への装備など)などを通じて、定額契約に加入していない顧客の利用をどのように引き上げるか、どのように定額契約加入へと誘導するかが焦点となろう。

 一方で、携帯データ通信量(トラフィック)は今後も増加傾向が続く見込みである。携帯各社は高速化技術の開発などを通じて効率化を図っており、2009年3月期の設備投資計画は、ドコモとソフトバンクモバイルは前の期比で減少を見込んでいるが(KDDIの移動通信事業は約11%増の見込み)、データ通信を取り巻く環境によっては今後、ネットワーク容量の強化が追加的に必要となり、各社の中長期的な設備投資を押し上げる可能性も考えられるため、各社の施策を注視していく必要があるだろう。
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