『留学は本当にキャリアにプラス?』(34歳男性) 城繁幸の非エリートキャリア相談
<城繁幸氏の診断>
診断:『留学制度と相性の悪い日本企業』
企業派遣という形での海外留学制度は、だいたい80年代あたりから一般的になってきたものです。金の余っていたバブル前あたりは、各社共にかなり盛んに派遣したものです。
ただ、その頃から、その効果を疑問視する声は存在していました。曰く「留学前後で、パフォーマンスが大して変わらない」「1年以上実務から離れられると、組織にとっても本人にとってもマイナス」等…。学費に生活費も含めれば、企業負担は年一千万程度にはなります。それだけのコストをかけてまで、果たして派遣する意味があるのか。
実はこういった声が聞かれる背景には、日本企業の人事制度が深く関係しているのです。
日本企業は昔も今も、勤続年数をベースに処遇、序列を決定する年功序列制度が基本です。一般的な企業の派遣留学対象者は、だいたい20代後半~30代半ばあたり。つまり、企業内では若手~中堅社員が対象となります。
ところが、MBAは字を見ても明らかなように(=Master of Business Administration)、本来は経営能力養成を主目的としたコースなわけです。そもそも、コース趣旨と派遣対象者の人選に、深刻なギャップが存在しているんですね。
30過ぎで事業責任者になるのが当たり前の職務給ベースの企業ならともかく、50歳近くまでそういったポストとは無縁の日本企業が、高い金を出して派遣したところで、多くは宝の持ち腐れになるわけです。
「それなら50代の本部長クラスを送ればいいじゃないか」という意見もあるでしょうが「無理だよ、この年になって」と言われるのが関の山でしょう。じゃあいったい誰が経営について学ぶのか。これこそ、日本型経営最大のパラドックスでしょう。
それから留学後の離職率が高いのも、理由は同じですね。せっかく学んだ教養を生かせるのが十数年後、しかも必ず出世できると言う保証もないわけです。そりゃ転職したくもなるでしょう。
さらに言えば、人事において硬直的(つまり上がったもん勝ち)の日本企業においては、30代の2年間というのは非常に重要な期間でもあります。
「帰ってきたら、社内に居場所が無かった」という人も、古い会社ならけして珍しくはありません。
最近、一時期よりも企業派遣留学が下火になったのは、さすがにこの辺の事情に企業側も気づいてきたことが理由です(単に金が無いというところも多いですが)。
余談ですが、若手官僚をせっせと留学に送り続け、帰国後は盛大に外資に引き抜かれまくっていた官庁も、ようやく制度自体の見直しに踏み切りました(国家公務員の留学費用の償還に関する法律)。
これは官民問わず、日本型組織の抱える宿命みたいなものなんですね。