――決して鉄道ファンではないとのことですが。
子供のころに鉄道に憧れる時期はありましたよ。自分で切符を作って、はさみでパチパチ切って遊んでいました。子供のころ世田谷に住んでいたときに自転車で線路伝いに秋葉原まで行ったこともあります。人々の心の底にも鉄道は存在している。では鉄道がなくなるとどうなるのか。そう考えたとたんにイメージが湧いてきます。
――小説家を志した理由は?
漠然と、です。中学のときから将来は小説家になりたいと漠然と思っていました。ただ、理科が好きで、得意科目でもあったので、「小説家にはいつでもなれる」と思って、就職先にはNECを選び、その後アスキーに転職しました。仕事がすごく面白くて、なかなか小説家のスイッチは入らなかったですね。
でも、1993年頃のある日、高校のクラスメイトが事故で亡くなったのです。彼自身がなりたいものになるために時間をかけていた人で、やっとそれが実現しようというときに亡くなった。「人生はいつ終わるかわからない」という当たり前のことに気づかされた。じゃあ、「僕の人生が終わるときに、僕は何でいたいか」。それで、小説家になろうと決心した。ただ、目の前に仕事があって、小説を書くことができるようになったのは1996年頃です。
小説家として芽が出ないかもしれないので、あきらめる時期を決めるのは重要です。もうちょっと、もうちょっとと続けているうちに泥沼にはまってしまう。そのころ貯金が550万円あったので、それが150万円まで減ったらあきらめようと決めていました。幸いにもアルバイト的に仕事が入った時期もあり、1996年から9年間、小説家にチャレンジできました。
この記事は有料会員限定です
残り 1973文字
