深圳の幼稚園児が香港へ「越境通園」するワケ 中国本土から香港に通う子供たち<上>

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すでに夕方にもかかわらずじっとり照りつける日差しの中、大人たち制止を聞かず、旋回する戦闘機のように駆け回る子どももいる。どこの世界でも子どもはエネルギーの塊だ。この子どもたちは、香港の幼稚園や学校で授業を終えて今、家のある中国側に帰ってきたのだ。毎日繰り返される下校風景である。

中国本土から子どもを香港に通わせる家族を訪ねた。

深圳市内のマンションに住む田峰涛さん(37歳、年齢はいずれも取材当時)と妻の周粉莉さん(36歳)。通されたのは、白いリノリウムの床の広々としたリビングで、壁には子どもの予定表などが貼ってある。見慣れぬ来客に興奮して飛び回る子犬をよく見れば、左前足に丁寧に包帯が巻かれている。「転んで骨折したのですよ」と穏やかにほほ笑む田夫妻は、中流の上といった暮らしぶりがにじみ出ていた。

長女を香港に通わせる田峰涛さんと周粉莉さん夫婦、深圳の自宅にて

算数も英語で勉強

夫妻には、2人の娘がいる。おそろいの赤いTシャツが愛らしい。長い髪を頭の上でまとめてピンクのリボンを結んでいるのが長女で5歳の恩熙ちゃん、男の子のようにまゆや耳が出るくらいに髪を短く切っているのが次女で3歳の謹熙ちゃん。香港の幼稚園に通っているのは姉の恩熙ちゃんだ。

粉莉さんが恩熙ちゃんの宿題を手伝う。科目は算数だが英語が使われていた

母の粉莉さんが「エイティーン、ナインティーン……」と声に出して、恩熙ちゃんの宿題を手伝っていた。英語の勉強かと思ってプリントをのぞき込むと、行儀よく並んだ飛行機やバスの絵が描いてある。粉莉さんが「(科目は)算数ですが、英語を使っているのですよ」と教えてくれた。

香港では英語も公用語。幼稚園から学ぶ。授業では香港の人たちの母語ともいえる広東語が使われる。大陸の公用語である普通話(いわゆるマンダリン)と呼ばれる中国語とは異なる。だから大陸から香港に通う子どもたちは広東語も習得しなくてはならない。

田さん夫妻は、2012年、お産がまもない、というタイミングを見て深圳から香港に渡った。そして2日後に香港の病院で長女恩熙ちゃんを出産したという。その理由について母の粉莉さんはこう言う。

「香港で産むと決めたのは、当然、子どもにより優秀な教育を受けさせるためでした」

これについては後述するが、当時は両親とも中国人でも、香港で生まれた子どもは香港籍を得られた。田さん夫妻も2人とも大陸で生まれ育った生粋の中国人だが、恩熙ちゃんは香港籍を得た。

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