深圳の幼稚園児が香港へ「越境通園」するワケ 中国本土から香港に通う子供たち<上>
私と両親が話をしている間、姉は大人しく宿題をしたりお絵描きをしたりしているが、妹はこちらにはお構いなく、プラスチックの積み木をガラガラとひっくり返して大きな音を立てては、きゃっきゃっと喜んでいる。おてんばである。峰涛さんは、2人の差は、生活環境からではなく、もともとの性格の違いだと思うと言いながらも、2人の通う幼稚園の違いを教えてくれた。
幼稚園の違いは?
「香港の幼稚園が大陸と違うのは規則がある点です。公共の場で大きな声を出してはいけない。行列に並ばなくてはいけないし、ゴミを勝手に捨てたりはしない。子どもをすでに2年間香港の幼稚園に通わせていますが、変化は大きいです。やはり内陸の教育とは違うと感じています」
さらに、いちばんの違いはしつけだと思います、と続ける。
「上の子の幼稚園のイベントに参加すると子どもたちのしつけがいい。きちんと並ぶし、遊んだりするときもよく話を聞いて従っている。でも大陸のほうの子どもたちは走り回っているし、先生も大きな声で叫びながら追っかけています」
後日、田さん一家の朝をお邪魔した。
香港に通う恩熙ちゃんの起床は午前6時40分。寝ぼけたまま母親に制服を着せられると、10分後には父親の運転する車に乗っている。朝食は車の中だ。峰涛さんが「何食べたい?」と聞くと消え入るような声で「アヒル……」と答えた。アヒルの形をした菓子パンのことだ。紙パックの牛乳を吸い、峰涛さんから受け取った「アヒル」をほお張ると、少し笑顔が戻った。
20分ほどのドライブで、峰涛さんが娘の手を引いて車を降りた先には、ピンクと黄色でデザインされた大型バスが待っていた。深圳から出発し、香港で複数の学校を回りながら子どもたちを降ろしていくという。泣き叫んでバスに乗るのを拒んでいる女の子がいた。何やら忘れ物をしたらしい。忘れ物をわかっていながら、バスに揺られ学校に向かうのは子ども心には確かにつらいだろう。いつもおとなしい恩熙ちゃんは、泣き叫ぶことはなく素直にバスのステップを上がっていった。
香港に向けて7時半に出発する恩熙ちゃんのバスを見送ると、峰涛さんは自宅に戻る。長女のいない3人で簡単な朝食を終えると、今度は次女を深圳市内の幼稚園に送り届ける。これが出勤前の日課だ。
大陸育ちの田さん夫妻は、長女の幼稚園で使われる広東語について、「速いと聞き取れない」というレベル。得意ではない。長女は普段の生活と学んでいる環境が違う「二重生活」が続く。2人の娘は今後も違う体制の教育の中で成長する。こうした点に将来の懸念はないかと尋ねてみたが、「特に心配はしていない」と言う。むしろ、今は通学時間が長いため子どもと触れ合う時間が減ってしまう点や、2つの幼稚園の休日が一致しないなどが大変だと話す。しかし、峰涛さんはにっこりほほ笑んでこう言う。
「毎日疲れますけど、幸せです」
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