ベトナム最悪の海洋汚染、意外な「その後」 謝罪から1年、魚はまだ死んでいる
村には移転に反対する住民約200世帯がまだ残留し、漁などを続けているが、彼らの話では自分たちが追い出された後、村の土地には台湾系製鉄会社の関連施設が作られる予定なのだという。
「フォルモサです。あの工場の毒で魚がいなくなって、漁の収入は10分の1になったというのに」
ベトナム史上最悪の海洋汚染
ベトナム中部沿岸では昨年4月以降、魚が大量死する事態が発生していた。海岸に打ち上げられる魚の死骸には深海から沖合の魚種まで含まれ、クジラの報告例まであった。被害はハティン省を起点に南へと広がり、クアンビン、クアンチ、トゥアンティン=フエの各省、実に200km以上の広範囲に及ぶ。
漁獲減という漁業への直接影響はもちろん、獲った魚を食べての中毒や、海に入って肌に炎症が起きるなど人への被害も相次ぐ。エビの養殖、ヌクマム(魚醬)や塩の製造、またビーチリゾートといった観光産業にも大きな打撃となった。
原因はハティン省キーアイン地区の「フォルモサ・ハティン・スチール(以下フォルモサ社)」だと早くから指摘されていた。ドンイェン村の目と鼻の先にある、台湾塑膠工業(台湾プラスチック)グループが建設中の大型製鉄所だ。
地元では、同製鉄所から海中への不審な排水が目撃されていた。しかし、魚の大量死との因果関係をフォルモサ社が認めたのは、事態が発覚して約3カ月後のこと。フォルモサ社との関連を当初否定していた政府も、これと同時に海洋汚染の調査結果を公表。フォルモサ社による化学物資を含んだ違法廃液が原因だとした。
示し合わせたような、一転しての迅速な幕引きだった。フォルモサ社側からは、政府およびベトナム国民への謝罪、賠償金5億ドル(約510億円)の支払い、再発防止策などの公約が示された。
しかし、1年を経過した今春になっても、浜に行けば魚は死んでいる。
巨大な壁で仕切られたフォルモサ社の敷地のすぐ横、ドンイェン村などが面する海辺を訪れると、出漁をあきらめた漁船が数多く浮かんでいた。その間を縫うように沖で漁を終えた小舟が帰ってきた。ただ、網の中には魚の姿はなく、波打ち際で待ち構えていた魚の買い付け人たちが嘆きの声を上げる。
「カー・チェット・ヘッゾーイ(魚はみんな死んじまったよ)」
カツオやサワラ、アジ、イカなど、ほんの1年前まで海の恵みは豊かだった。だが現在、引き揚げる買い付け人の手にはほんのわずかな氷詰めの魚しかない。そして、それより多い死んだ魚。
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