病院の「診療データ」は一体誰のものなのか 改正個人情報保護法施行で問われること

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山口教授は「私が医師になった1970年代、患者に診療情報を伝えると、かえって不安になるので、『伝えないで治療してしまおう』というような風潮がありました。私が国立がんセンター(現在の国立がん研究センター)にいたころは、がんを告知するという言葉がありました。今は、ほとんど使われなくなりましたが、告知すると医学的に患者の状態が悪くなることもあって、患者に診療情報を伝えないこともありました」と、当時を振り返る。診療データは誰のものかという問い掛けが起こる今に比べると、隔世の感がある。

ちょうど70年代の海外。「医原病」という言葉が生まれ、医療行為が原因で生ずる疾患を問題視するムーブメントが強まった。それらをきっかけに、海外から患者の自由意思を尊重するためのインフォームドコンセント(説明と同意)という考え方が入ってきた。今、少しずつ医療の現場で浸透し始めている協働の意思決定という考え方は、インフォームドコンセントとは別のもので、患者の意思を尊重する次のステージと言える。

山口教授は、「どんな治療も検査も、望ましい『益』と好ましくない『害』があります。患者さんごとに、『益』と『害』のどちらに重みを付けるかが違ってきます。医師は診療データなどを丁寧に説明し、患者さんが適切に判断できるようにする役割があります。これからの医療では『益』と『害』のバランスで、協働の意思決定をするのが望ましい形ではないかと思うのです」と話す。

「診療データを冷静に受け止めることが大事」

ヘルスリテラシー意識の向上が課題という、ささえあい医療人権センターCOMLの山口育子理事長

「賢い患者になりましょう」を合言葉に、患者の電話相談などの活動を続ける認定NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)の山口育子理事長は、ヘルスリテラシー意識の向上が、重要な課題の一つになっていると考えていると話す。その上で、「患者それぞれが自分の診療データを客観的、かつ冷静に受け止めることが大事」と強調する。

COMLで電話相談を始めた90年ごろは、医療の専門的なことは分からないという患者が多かったが、最近は大きく変化して、尊大な態度の患者も出てきたという。インターネットなどにあふれる情報に振り回されていることも背景にありそうだ。ある男性は、たまたまネットで検索して自分と同じ病気に対する薬剤の情報を知り、そこに書いてあることをすべてうのみにして、診察した医師がその薬剤を処方しなかっただけで、「やぶ医者」だと言ってきたというのだ。

山口理事長は、こう話す。

「ネットなどで知った誤った情報をまるで武器のようにする患者さんもいます。患者さんが一度、自分なりの解釈をしてゆがめられた情報がインプットされると、それを解きほぐすには相当なエネルギーを要します。ヘルスリテラシーはすごく大事ですが、その前提として医療には正しい一つの答えがあるわけではなく、不確実性と限界があることを認識する必要があります」

最後に山口理事長は、「私は27年間、COMLで電話相談などの活動をしてきました。一人の患者として何が変わったかというと、医療に過度な期待は、一切しなくなりました。でも、医療に対してあきらめもしていません。どうすれば医療の力を借りることができるのか、どのようなことなら医師に聞いて答えてもらえるのかをある程度、取捨選択できるようになりました。これは翻ると、冷静に医療を受けられるようになったのかなと思います。これがヘルスリテラシー意識の向上につながるのだと考えています」と述べた。

(文:君塚 靖)

「CBnews」編集部

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