日銀が決済システム刷新、試される改革意欲 日本の決済サービスを国際標準まで高められるか

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たとえば、タイに進出した日系製造業A社のバンコク拠点が、その日の売上金を大手邦銀B行バンコク支店に持ち込む。B行が売上金(現地通貨のバーツ資金)を受け入れて、円資金に行内付け替えしたのが現地時刻の17時30分だったとする。

タイと日本には2時間の時差がある。したがって、行内付け替えが完了したのは日本時間では19時30分だ。日銀ネットはすでに30分前にその日の稼働を終えている。その結果、B行の中では円資金に付け替えられても、B行からA社のメインバンクであるC銀行への決済はできない。A社は本社預金口座への移し替えを翌日まで待つしかない。

ところが、日銀ネットの稼働時間が日本時間の19時30分まで延長されると、話は違ってくる。A社のタイ拠点の売上金はその日のうちにA社本社口座に移し替えられる。これによって、A社の資金効率は1日分改善する。

国債担保の対応が容易に

メリットはこれだけではない。国際金融市場における外貨調達でも改善が期待できる。たとえば、国債系の日銀ネットが21時まで稼働するとどうなるか。日本時間の21時は欧州の現地時刻に置き換えると、市場が活発に動いている昼ごろ。東京において銀行、証券会社が保有する日本国債を欧州系銀行に担保として差し入れる口座振り替えが日銀ネット上で行われると、日中の欧州市場において欧州系銀行本店から担保見合いの外貨を調達できる。

海外の金融市場では近年、システミックリスク抑止の一環として、多様な金融取引にクリアリングハウス(清算機関)が導入され、「時々刻々と変わる時価に即応して追加担保を迫られる」(外資系証券)という。ましてや、ひとたび金融危機が表面化しかければ、「担保評価が格段に厳格化され、担保のやり繰りに悪戦苦闘しかねない」(大手邦銀)。日銀ネットの稼働時間帯が拡大すれば、こうした事態にも国債を担保にすることで対処が可能になる。

加えて、邦銀などの海外拠点は日銀ネットが休止している間の資金繰り難に備えて、「コスト増にもかかわらず、絶えず、必要以上の外貨を手元に置かざるをえない」(大手銀行)状況にある。だが、東京において日本国債を担保差し入れしていつでも外貨をただちに調達できるようになれば、余分な外貨を抱え込む必要性は減じる。むろん、金融機関と取引している一般企業も、外貨調達難という事態を回避しやすくなる。

こうしたメリットをもたらす稼働時間帯拡大へのお膳立てを整えたのが新日銀ネットだ。このボールを日銀から投げられた金融機関は、協議会を通じてどのように返すのか。

近年、顧客企業の海外進出を競って後押ししてきた金融業界がよもや、その分野のサービス品質向上を実現できる新日銀ネットの活用に二の足を踏むことはあるまい。だが、体制整備に伴うコスト増が銀行や証券会社にとってのメリットに見合うのかなど、前向きな判断を鈍らせる事情もないわけではない。本業の品質向上に向けた国内金融機関の本気度が試される。

(撮影:吉野純治 =週刊東洋経済2013年8月10-17日合併特大号

浪川 攻 金融ジャーナリスト

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なみかわ おさむ / Osamu Namikawa

1955年、東京都生まれ。上智大学卒業後、電機メーカー勤務を経て記者となる。金融専門誌、証券業界紙を経験し、1987年、株式会社きんざいに入社。『週刊金融財政事情』編集部でデスクを務める。1996年に退社後、金融分野を中心に取材・執筆。月刊誌『Voice』の編集・記者、1998年に東洋経済新報社と記者契約を結び、2016年にフリー。著書に『金融自壊――歴史は繰り返すのか』『前川春雄『奴雁』の哲学』(東洋経済新報社)、『銀行員は生き残れるのか』(悟空出版)などがある。

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