テレ東「路線バス旅」ヒットの裏に国鉄民営化

バス規制緩和も県境の移動を困難にした

国道117号ですれ違う越後交通と長野電鉄の急行バス。両社の相互乗り入れで越後湯沢駅と野沢温泉を結んでいた(写真:1986年筆者撮影)

たとえば、「信濃川バス紀行」と題した旅では、信濃川河口に近い新潟市の新潟交通入船営業所から、千曲川源流の山並みを望む長野県小海町の小海線松原湖駅まで、1泊2日で路線バスを乗り継いだ。途中、信濃川が千曲川と名を変える飯山線沿いでは、越後交通と長野電鉄のバスが相互乗り入れしており、難なく県境を越えることができた。これは決して特別な例ではなく、当時は全国各地で、こうした乗り継ぎの旅を楽しめたのである。

バス路線に並行する国鉄線は当時、数時間に1本、のんびりと普通列車が走るようなダイヤだった。このため運行本数が多く、きめ細かく停車する“国道線”のバスには、多くの利用者がいた。しかし1987年、国鉄の分割民営化が行われると、JR各社は積極的な営業施策を展開。地方路線においても列車のスピードアップや増発、等間隔ダイヤの設定、新駅の開設などが行われた。機を同じくして過疎化と急速な少子化が進んだこともあり、“国道線”の利用者は激減。毎年のように減便を繰り返し、やがて姿を消していった。

“国道線”の中には“特急バス”や“急行バス”の名を持ち、主要停留所だけに停車しながら都市間を結ぶ長距離路線もあった。大きな町では、ローカルバスと相互に接続している例も見られた。しかし1990年代になると、支線クラスの高速道路網が充実。“特急バス”や“急行バス”は次々に高速バスへ生まれ変わっていった。山形~酒田、いわき~郡山~会津若松、広島~出雲市、広島~浜田、高松~徳島、松山~高知、熊本~長崎などの路線が、その役割を高速バスに譲って消えた。

バス業界の規制緩和で路線廃止が進む

今は富山駅から放射状に路線を延ばす富山地鉄バス。かつては泊~黒部~魚津という北陸本線沿いの路線があった(写真:1992年筆者撮影)

残ったバスは鉄道線の駅を起点に、放射状に延びる短距離路線が中心となった。利用者の目的は自宅と町の中心(病院、商業施設、高校、駅など)との移動なので、町の中心で他のバスに乗り継ぐ人などほとんどいない。また、市町村の境、ましてや県境を越えて隣町に行くニーズもほぼ消滅したのである。

2002年に国は乗合バスの規制緩和を実施。高速バスなどのドル箱路線に競合が現れ、その収益により不採算路線を維持する図式が崩れた。参入と同時に撤退の要件も緩和されたため、不採算路線の廃止がさらに進んだ。

代わって住民の足を確保するため、市町村によるコミュニティバスの運行が活発化する。コミュニティバスのほとんどは、路線がその市町村内で完結。限られた車両・人員で市町村内全域にサービスを提供するため、週に数日だけの運行系統や、集落を結んでぐるぐると迂回する系統も少なくない。それはもう、よそ者が旅に使えるようなバスではない。

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