【末吉竹二郎氏・講演】地球温暖化時代における企業の役割(その1~EUの凄さ~)

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第11回環境報告書賞 シンポジウム・基調講演より
講師:国連環境計画・金融イニシアチブ 特別顧問 末吉竹二郎
2008年5月15日 東京會舘

●「危機感」が世界を動かす

 地球温暖化に関して、「どのような問題があるのか。どのようなことをしなければならないか」という問題意識や危機感の持ち方が、日本人は弱いと感じる。
 EUは地球温暖化に非常に強い危機感を持っており、きょうあすの問題は何か、10年後の問題は何か、50年後の問題は……と、自分自身の問題として受け止めている。平均気温も産業革命以前の水準から2℃以上は上げないという意思を表明している。この2℃という根拠は、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)の報告によるが、気候変動に関する科学的知見にも注目している。ところが日本では、このIPCCの報告について「科学者が勝手に言っていることだ」という程度にしか受け止めていない。

 2007年のIPCCの第4次評価報告書は、「人類への最後の警告だ」としているのに、何もしないということがあるだろうか。日本は、もっと真剣に、また深刻に事態を受け止めるべきではないだろうか。
 EC(欧州委員会)の環境大臣にあたる人は、「温暖化対策は世界大戦と同じだ。しかもそれは、一過性のものではなく、数世代にもわたって続けていかなければならない戦いだ」と言っている。世界大戦なら、国家の持てる力を総動員して、しかも長期的プランを立てて解決に取り組まなければならないはずである。
 地球温暖化に対して、このような受け止め方で世界にさまざまな発信を続けているEUと、そういう視点の欠けている日本の発する言葉のどちらが、世界や自国民に対して訴える力があるだろうか。

●「長期思考」が勝つ

 我々が学ばなければならないのは、短期と長期の競争では明らかに長期が勝つということだ。2008年1月23日にECのバローゾ委員長は、2013年以降のいわゆるポスト京都に当たる時期におけるEUの排出量取引制度などの大きな政策を打ち出した。その中身には、2013年から2020年までの対応と、2021年以降、最終的に2050年までをどうするかという半世紀にわたる大きな目標や方向観を掲げている。
 日本の排出量取引制度反対派が、2005年から2007年の対応問題やEU-ETS(EU域内排出権取引制度)の問題点をあげつらって批判の根拠としているが、EC は既に2013年以降の対策を発表しているのだ。

 これに引き比べて、日本には目に見える形でどれだけの長期的な戦略があるだろうか。来年の戦略さえ分からないという現状を、ビジネスの視点で考えてみれば、2050年までの大きな方向観を持つヨーロッパと比べてどちらの企業が有利だろうか。最近の国際会議などでは、「もう短期主義は捨てよう」という話がよく出てくる。3年、4年の短期でものを考えることはやめて、10年、20年、いや40年、50年という長期の展望をもってものを考えなければならないという議論がされるようになっているのである。

 現在、国連加盟国は192カ国で、そのうちEUは27カ国、人口は5億人を超えている。しかも、経済的にハイレベルにある5億人だ。EU27カ国のGDPを足すと、アメリカを大きく上回っている。EUは現在、世界最大の経済ブロックになっている。そういうEUだからこそ、自分たちの思いを世界に広めていくパワーがある。それを利用しない手はないというのが彼らの考え方だろう。

●世界最強の経済をつくる

 EUは、2000年5月に「リスボン宣言」を出し、EUの経済を2010年までに世界最大、最強にすると発表した。しかも、それはナレッジベースドだという。EUは、このような大きなビジョンを持って、それに向ってまっしぐらに進んでいる。そうした長期の戦略の中から、いろいろなものが出てきているのだ。
 これに関して感心した事例として、イギリス政府のCCPO(Climate Change Projects Office)がある。CCPOは、イギリスの企業が気候変動に関するビジネスを始めたり、環境ビジネスを大きくしたいと考えたときに政府が情報提供などで応援するためのオフィスで、京都議定書が出された直後につくられたという。イギリス政府は、京都議定書が間違いなく新しいビジネスを起こすであろうと考え、イギリスの国民や企業がこの分野に入ろうとするときに、政府としてさまざまな支援をすべきだと考えたのだ。現在、このCCPOは、非常に活発に活動をしている。こういった発想力が日本にあるのだろうか。
その2に続く、全6回)

末吉竹二郎(すえよし・たけじろう)
国連環境計画・金融イニシアチブ(UNEP・FI)特別顧問。日本カーボンオフセット代表理事。1945年1月、鹿児島県生まれ。
東京大学経済学部卒業後、三菱銀行入行。ニューヨーク支店長、同行取締役、東京三菱銀行信託会社(ニューヨーク)頭取、日興アセットマネジメント副社長などを歴任。日興アセット時代にUNEP・FIの運営委員会のメンバーに就任したのをきっかけに、この運動の支援に乗り出した。企業の社外取締役や社外監査役を務めるかたわら、環境問題や企業の社会的責任活動について各種審議会、講演、テレビなどを通じて啓蒙に努めている。
著書に『日本新生』(北星堂)、『カーボンリスク』(北星堂、共著)、『有害連鎖』(幻冬舎)がある。
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