ロシア進出バブル 自動車各社の死角

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また、ロシアに新たな進出企業が現れた。

5月19日、三菱自動車と仏プジョー・シトロエン(PSA)は合弁で、モスクワ市の南西180キロメートルに位置するカルーガ州に、車両組立工場を建設すると発表した。2011年の生産開始を目指し、年16万台の生産能力を持つ工場を建設する。パリで会見に臨んだPSAのクリスチャン・ストレイフCEOは、11万台をPSAの中型セダンに、5万台を三菱「アウトランダー」の後継車に振り向ける計画を公表した。三菱側は出資比率30%と主導権を奪われる格好となるものの、同社は資金的余力に乏しい。「何とかして合弁という形に持っていければ」(益子修・三菱自動車社長)というかねてからの悲願がかなった形だ。

販売実績3万台弱で工場建設に出たスズキ

ロシアは今、大手自動車メーカーの工場進出ラッシュにある。日系ではすでにトヨタ自動車が生産を始め、今年8月にはいすゞ自動車もトラック生産を開始する。欧米系では米フォード、独フォルクス・ワーゲンが進出済みだ。その背景にはロシアで急速に進むモータリゼーションがある。米民間調査会社グローバル・インサイトによれば現在、年間240万台の乗用車需要は8年後に388万台まで増加し、欧州最大級の市場になることが予想されている。

トヨタ、日産自動車、三菱は過去2年間で販売を2倍以上に増やし、年10万台以上の販売実績を上げている。一般に自動車メーカーの現地生産は、ある程度の販売プレゼンスを有する企業が、輸送や関税のコストを回避するために決断することが多い。ところがロシアではその「常識」を無視して、いきなり工場建設に打って出る企業が見られる。

「お前ら何もしないままでいいのか」。スズキのロシア工場プロジェクトは、鈴木修会長の鶴の一声から始まった。「井戸を掘るなら最初に掘れ」のモットーの下、同社はインドやハンガリーに進出、成長の原動力としてきた。だから、ロシアで出遅れることは許されなかった。パートナーに伊藤忠商事を選び、投資額140億円の計画をまとめた。

生産車種は小型の「グランド・ビターラ(日本名エスクード)」と「SX4」。しかし、一部の地元資本系を除けば、ロシアでは小型車が苦戦傾向。ヒット車種はむしろ三菱「ランサー」やトヨタ「RAV4」のような中・大型車が大半だ。世界一の国土を持ち、かつ大半が未舗装のロシアでは、中・大型車のほうが便利だからだ。スズキは00年前後からロシアで販売を始めたが、07年の販売実績は3万台弱でシェアは1%に満たない。軽・小型車が主力のスズキが現段階で工場建設を決断することは、明らかにリスクが大きい。

実は、三菱の合弁相手であるPSAも「見切り発車組」だ。07年の販売実績は「プジョー」と「シトロエン」の2ブランドを合算しても3・6万台(シェア1・4%)に甘んじている。伸長率もほかの外国ブランド車の平均に比べて低い。にもかかわらず年11万台規模の工場を建設すると言うのだ。「ロシアでのフランス車のブランド価値は日本車ほどには高くなく、それほど見通しは明るくない」(ロシア自動車市場に詳しい関係者)との指摘もある。これは三菱にとっても深刻なリスクといえる。米国とオランダで、三菱は2度、合弁相手に撤退され、過剰設備を負わされた過去がある。

優遇税制で外資導入 巧みなプーチン政権

海外投資のリスクを熟知するはずの世界的自動車メーカーが、なぜこうも工場進出を急ぐのか。その一因は、プーチン政権が実施する「政令166号」と呼ばれる投資優遇税制にある。地元資本の自動車メーカーに将来はないと見通したロシア政府が、外資導入によって自動車産業の雇用を守ろうとの趣旨で施行したものだ。外資系メーカーが車両生産工場を建設する際、現地調達率の引き上げを行うことなどを条件に、組み立て用部品に課される10~15%の輸入関税がゼロになる。

ただ、恩典の有効期間は8年間と短い。なのに、なぜ各社は一斉にロシアを目指すのか。「8年という短期間でも市場は急膨張する。高い完成車輸入関税を払ったまま販売していては、水をあけられてしまうことになる」(日本貿易振興機構・村田智樹氏)。さらにプーチン政権が巧みにも申請期間を07年11月までの2年半に限ったことが、各社の焦りを呼んだというわけだ。

BRICsの一角としてもてはやされるロシア。が、人口規模は中国やインドに遠く及ばず、それも毎年約70万人ずつ減少する。そのため働き手不足が慢性化、労働者の平均給与は毎年30%近い上昇を続ける。昨年にはフォードの工場でストライキまで勃発した。「工場建設を準備している間に、当初の事業計画がダメになるおそれもある。労働売り手市場のロシアになぜ工場を建設する必要があるのか」(前出の関係者)。

自動車各社は今、新興市場の熱に浮かされ、少しばかり冷静さを欠いているのかもしれない。


(西澤佑介 =週刊東洋経済)
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