学生結婚で親になった、あるカップルの"選択" カップルが愛情と敬意を注ぐもの

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最初のうち、佳恵さんは慎重だった。「この人、どこまで本気なのかな」と思ったし「私がいきなり倒れたらどうするつもりなんだろう」とも考えた。結婚や子育てについて起こりうるリスクについて尋ね、正夫さんの柔軟な答えが嫌いではないと思った。

佳恵さんは学部でひとり、大学院生の時にふたり。博士号取得までに、3人を出産。夫婦協力して育ててきた。仕事・キャリアと子育ての両立なんてできるのか……周囲の心配をよそに、ふたりで、とにかく前に進んだ。それは、こんな具合だ。

学問に対する情熱がぶれたことはない

第一子出産は4月末。佳恵さんは7月の実習を休むつもりはなかった。朝、搾乳した後、始発電車に乗って現地へ向かう。「今考えると焦っていたなと思うのですが、浪人もしていましたし、学問をしたくてこの大学に入ったので、むやみに遅れたくない、と思ったのです」。

出産後も佳恵さんの学問に対する情熱がぶれたことはない。妊娠が分かると学部へ足を運び「子どもが生まれますが、勉強を続け、大学院にも進学したいと思っていますので、よろしくお願いします」と話した。大学院で所属する研究室を探した時も、育児中の事情と研究への熱意を率直に伝えた。

「佳恵さんの、こういう意志がはっきりしたところが魅力だったのでは」と正夫さんに尋ねてみると、笑顔で2回、うなずいた。

理系の研究者は、世界を相手に競争している。”Publish or perish(出版か、死か)”は国内外で変わらない。加えて博士号取得者のポストは少ない。極めて優秀な人が長時間働き、そのうえ、幸運に恵まれないと「研究」を仕事にするのは難しい。

博士号を取得し働き始めた後も、佳恵さんの発言は謙虚だ。「ポスドクですから、トレーニング期間という認識です。自分はまだ、スタート地点に着いたばかりで、ここから成長していかなければなりません」。

本当の“研究”の中身を知っているから、自らにも厳しい。この環境でキャリアを追求しながら育児もしようと思えたのは、なぜだろうか? 佳恵さんはこう話す。

「理系の学問を専攻していたことが影響しているかもしれません。生き物なんだからなんとか育つんじゃないかな、と。ヒトは太古の昔から子育てをしてきましたし。自分の子ども達に対しても、生き物としての信頼感を持っていたように思います」

その信頼に応えるかのように、現在、小学校高学年の第一子はたくましい。日本にいた頃、夏休みは自分でお弁当を作って学童へ行った。きっかけは小学3年生の夏休み。学童で注文するお弁当が嫌だ、と言い出したことだ。佳恵さんが「それなら、自分で作ったら?」と言うと、本当に自分で作り出した。卵焼き、ウインナー、プチトマトなど好きなものを詰めた。

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