日銀が「量的緩和」を残したのは間違いだ 「総括的検証」で浮き彫りになった課題

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日銀に話を戻すと、日銀のいうインフレ期待とは、大元となった1998年のポール・クルーグマンの論文を含めて、合理的期待仮説が下敷きになっていることは間違いない。日銀が「将来にインフレを起こさせる行動」を取ると、その帰結を知っている人々はそれを見て将来はインフレになると合理的に予想し、その結果インフレ予想に対応した賃上げなどが進んで実際の物価上昇をサポートするという考え方だ。確かにそれが起きれば理想的だが、実際にはこれは実現しえない。2つの大きな欠陥があるからだ。

一つは「日銀が将来にインフレを起こさせる行動」とは何かということだ。その中心は量的緩和だが、かねてエコノミストや学者が指摘するようにゼロ金利下で日銀が金融機関から国債などを大量購入しても銀行が日銀に積む当座預金(マネタリーベース)が増えるだけで、民間銀行の信用創造を通じて市中に出回るおカネを含むマネーストックはほとんど変化しないことがわかっている。

したがって、量的緩和は「日銀が将来にインフレを起こさせる行動」にはならない。であれば、人々が将来を完全予想できる合理的期待が本当に成立するなら、インフレ期待は高まらないというのが正解で、現状を変えることはできない。

もうひとつの問題は、そもそも日銀が従う合理的期待仮説が強固な確実性の仮定の上に立っているという非現実性だ。実際には現在のような経済低成長の時代になれば、不確実性がますます高まっているのが現実だ。

ケインズのように不確実性の仮定の上に立つとどうなるだろうか。日銀のインフレへのコミットメントがあっても、人口減少や巨額の政府債務、海外への生産移転など多数の不安材料が蔓延し、人々は将来の強い日本経済を予想できず、したがって生活防衛的なデフレ的行動を取るということは十分にありうる。

量的緩和は政策からはずすべきだ

日銀は今回の総括的検証の中で、日本は長期間のデフレを経験したため、現実の低インフレ率が続くと予想する「適合的なインフレ期待形成」の影響が大きく、それが期待インフレ率の高まらない要因だと説明した。しかし、将来のことがわからない不確実性の下では、そうした生活防衛的な適合的インフレ期待形成こそが実際には合理的な期待形成と言える。そのような中で、欧米の中央銀行ですら2%のインフレ目標に届かず苦心している現況では、日銀がこれを実現することは非常に困難だ。

確かに異次元緩和の始まった2013~2014年夏にかけてだけはそれなりに順調に期待インフレ率が高まったが、それは急速に進んだ円安による輸入物価上昇という実際のインフレがあったからだ。もし日銀がこのときの動きをもってインフレ期待仮説をまだ放棄できないと考えているとすれば、もう一回論点を整理し直してみるべきだ。

量的緩和は名目長期金利を押し下げるという効果はあるものの、政府の財政規律弛緩を誘発するなどの極めて大きな副作用もある。この「取扱注意」の量的緩和についてはいかにスムーズに出口に向かうかに頭脳を使うべきであって、「インフレ期待」に拘泥しすぎて、これを残すことは危険極まりない。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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