山崎拓氏が振り返る「YKKトリオ」の真実

派閥抗争からの15年何が起きていたのか

安倍一強体制が長らく続く現在の自民党。山崎氏の目にはどう映るのか(撮影:今井康一)

山崎拓氏が著書『YKK秘録』(講談社)を出版した。YKKトリオが、永田町で派閥抗争を仕掛けた1990年代から約15年間の様子を描いている。

私は2000年初めから01年にかけて、自民党衆院議員だった山崎拓氏を担当した。当初、山崎氏(Y)は総裁選に加藤紘一氏(K)と共に出馬、小渕恵三氏に敗れた後で干されていた。政治部の上司が「ヤマタクが幹事長になるとか、ないからさあ」と言ったのをよく覚えている。

ところが01年4月に小泉純一郎氏(K)が首相に就くと、山崎氏は自民党幹事長になるのだから、政治とは面白い。

加藤の乱の内幕暴露

当時、番をしながらも私が迫り切れなかった内幕が「秘録」には生々しく描かれている。たとえば、00年の「加藤の乱」。野党が当時の森喜朗内閣に出した不信任案に、加藤氏が賛成する動きを見せ、結局は挫折した。まさに不信任案採決のその日、加藤氏がどう行動したか、驚きの一幕が記されている。

YKKの3人のタイプがそれぞれ違って、取り合わせの妙があり、だからこそ力を持ちえたように思える。

「加藤は知的で超エリート。小泉は3代目で感覚型。私は祖父が国家主義者の大物・頭山満の一派で右翼、父がマルキストの左翼で、だからというわけではないが調整型の情の人。ただ、3人それぞれ政治的野心は旺盛でしたよ」

「加藤の乱」でも、それぞれがどう行動したかが、個性の違いと3人の友情を表していて興味深い。

不信任案の採決に際し、「俺と拓さんだけで行く」と宣言する加藤氏。事前に山崎氏の了解を取っていたわけではなかったが、「友情を全うするため」に、山崎氏は共に行く覚悟を決める。

妙にハイテンションの加藤氏は、だがその後で心が折れてしまう。詳しくは「秘録」に譲るが、ここに、首相候補ナンバー1と長らく目されながら、ついにそれを果たしえなかった加藤氏の甘さが凝縮されているように思える。

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