パナソニック、プラズマ撤退の「必然」 6000億円投資が水泡に
尼崎第1工場が稼働したのは05年。液晶テレビの品質やコストパフォーマンスが飛躍的に向上し、多くの業界関係者がすでに「プラズマの負け」を確信していた時期だった。日立製作所などプラズマ陣営が続々と撤退を表明する中、パナソニックはプラズマにこだわり続けた。第1工場に続き、第2工場、第3工場と巨大なプラズマ生産工場を稼働させていく。
そして11年7月――。パナソニックAV機器部門のトップだった津賀一宏氏(=当時、現パナソニック社長)は、役員会で「尼崎第3工場の稼働停止」を求めた。役員会は荒れたが、結果的にその3カ月後、パナソニックは2100億円を投じた尼崎第3工場の停止を発表する。稼働からわずか1年半後のことだった。
現在稼働しているのは、尼崎第2工場のみ。生産は自社テレビ「ビエラ」向けが大半を占める。今年度(13年3月期)は、教育用の電子黒板向けなど「パネル外販1割」の確保を目指していたが、高価格などが嫌気され、達成は難しい。
プラズマはパナソニック1社のみ
プラズマテレビ市場自体も年々縮小している。競合他社は液晶テレビに流れ、今やプラズマテレビを展開するのはパナソニックくらいである。「1社で展開していては部品も安くなりづらい」(業界関係者)。
薄型テレビ市場では、大幅な価格下落が進んでいる。「(テレビ市場は)値段だけの勝負。流通が支配している。北米などはいちばん厳しくて、流通によってはバーっと箱を並べてなんぼ、と(値段が)書いてあるだけ。客もバイヤーもそれ(価格の安さ)を期待している」(パナソニック幹部)。価格が優先順位の筆頭にくる市場で、性能で液晶テレビと差がつきづらくなったプラズマテレビが勝てる要素はほぼなくなった。
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