テレビは「視聴者の想像力」を信用していない 是枝監督が映画「いしぶみ」に込めた反骨心
――オリジナル『碑』の語り部である杉村春子さんと、広島県出身で女優という共通点がある綾瀬はるかさんがリメイク版の語り部です。
同じ文章を読んでいても、2人から受ける印象はまったく違うものになっているはずです。杉村春子さんは子どもを失った母親の目線で文章を読まれているのだろうなと感じられるシーンが多い。
『いしぶみ』では、もう少しフラットに、被害者寄りではないポジションでの朗読にしようと考えたので、綾瀬はるかさんには「子どもを戦争に巻き込んでしまったことに罪の意識を感じ、自責の念を持っている旧制・広島二中の先生」の立ち位置で読んでもらいました。だから根底に流れているのは悲しみより、自分に対して、時代に対しての怒りです。
――原爆ドームを連想させる円柱で囲まれた空間を作り、その中に置かれた木箱が教室のいすや川、棺から碑に見立てられ、次々と変化していく舞台セットも、想像力をかき立てられました。
視聴者の想像力に委ねると決めた以上、声でイメージを膨らませるためにスタジオセットは思い切り振り切って省略したほうが潔いと思いました。そこで浮かんだのが、美術をお願いした堀尾幸男さんでした。
野田秀樹さんなど第一線で活躍する演出家の舞台美術を手掛けている方ですが、大胆に省略が効いていて抽象化が見事で、観客の想像力が広がっていくものを作られています。
野田秀樹さんの舞台を観に行くたびに、一度一緒に仕事をしてみたいと思い続けていたのですが、僕が作る映画はリアリティを追求するものだから、なかなか組む機会がありませんでした。
「想像力への働きかけをしなくなっている」
演劇の舞台では、ものを見立てること、見立てによる空間表現が大事なんですよね。ただの箱が川や棺など、別のものに見えたときの快感は、作り手にも観客にもあると思います。でも今は、多くの映像作品がそういう想像力への働きかけをしなくなっている。
悲しみにあふれた番組も多いですよね。泣かせる番組作りは安易。特に、悲しみや情緒で包んで戦争を語るという行為は、僕は倫理的によくないと思います。『いしぶみ』は怒りで包んで戦争を語っていますが、日ごろ、どの映画を作るときも、安易に悲しみに寄り添わないというつもりでやっています。
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