中国海軍に対する日本政府の抗議は筋違いだ 「抗議」ではなく「仕返し」をする必要がある

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だが、中国は今回、安定していたゲームを不安定化させる行為に出た。本来は無駄な緊張を避けるべき尖閣諸島付近に軍艦を送り、それで日本の国民感情を刺激した。そしてそれが沈静化しないうち、さらに不必要な無害通行を行い再び日本の国民感情を刺激した。

これは日中関係を危くする行為だ。仮に日本の国民感情が爆発した場合、日本政府も強硬態度に出ざるを得なくなる。そうなれば、中国の国民感情も沸騰し、中国政府も強硬態度にでざるを得なくなる。このような負のスパイラルに落ち込んでしまいかねない。

事態が収拾不能となると、互いに損するだけの応酬が続く。これは2010年の漁船船長起訴や、2012年の尖閣国有化での失敗を思い起こせばよい。尖閣での対立が日中の安全保障関係を悪化させるだけではなく、経済や相互の自国民・財産保護を損なう事態となる。

この点からすれば、日本は中国にルール違反を繰り返させないような対応を行う必要があった。「そんなことをすれば中国も損をしますよ」といったことが伝わるような仕返しである。しかし日本はそうせず、従来認めていた接続水域や領海の通過についてまで咎め立てるといった的外れな対応をとってしまった。

南沙人工島の12マイル以内を通過すればいい

では、どうすればよかったのか。

中国が尖閣での暗黙のルールを破ったのであれば、日本は別の場所で中国に損をさせればよかった。それにより尖閣でのエスカレーションを防止しつつ、中国にルール違反を躊躇させることができる。

仕返しの具体例としては、南沙人工島の12マイル以内の通過を挙げられる。中国が尖閣付近、目安としての接続水域に軍艦を一回入れるたび、日本も機械的に護衛艦を一隻通すといったものだ。こうすれば中国は尖閣付近での行動には慎重になる。事実上無価値の尖閣での実効支配積み上げを行うと、現実に支配が進んでいる南シナ海の領土主張で切り崩しを受ける。それを避けるために慎重になるだろう。

なお、人工島12マイル以内の通過は深刻な問題を引き起こさない。日本の立場は南沙人工島には領海は発生しないといったものだが、そこは説明不要だ。「国際法上なんら問題はない」とだけ言えばよい。中国は日本の行為については「無害通航の範囲を超える」といった言い方で不満を述べるかもしれないが、通過自体を問題視することはできないのである。

こうした日本の行動に対し、中国がさほど強硬な妨害をすることはない。南シナ海の現況では、そうすれば中国が不利になるためだ。異常接近の嫌がらせや体当たり程度はする。だが、そこから先はない。もし日本の護衛艦を沈めることになれば、中国は完全な悪者となってしまう。東シナ海防空識別圏設定での前例もある。中国は飛行計画を通知しなければ撃墜を含む措置をとると宣言した。だが、実際にそれをしなかった日本を含む外国民間機に対して何もしていない。中国としても国際社会の反応や国際法との整合性を取らなければならないのである。

今後も同じような事態が起こることが予想される。その際、日本は中国への抗議のために営々とはぐくんできた海洋利用自由の原則を歪めるべきではない。繰り返しになるが、正々堂々と「仕返し」することを考えるべきだ。

文谷 数重 軍事ライター

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もんたに すうちょう / Sucho Montani

1973年埼玉県生まれ。1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。ライターとして『軍事研究』、『丸』等に軍事、技術、歴史といった分野で活動

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