青函トンネル「貨物撤退」はなぜ封印されたか 新幹線開業の際、船に切り替える案があった

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ただし、この数時間のロスがどこまでJR貨物のデメリットとなるかは議論の余地がある。石井教授は「JR貨物は他の交通機関と比べて輸送日数で優位に立っているとは言いがたい」と指摘する。石井教授によれば、北海道発、関東向けの輸送日数は、鉄道コンテナが2.0日、トラック・フェリーが1.7日、内航船が1.7日。つまりJR貨物がもっとも所要時間が長いというわけだ。近畿など他の地方でも同様の傾向が見て取れるという。

かつて津軽海峡の物流は青函連絡船が担っていた(写真:skipinof/PIXTA)

一方で、石井教授によると、JR貨物の物流単価は他の交通機関よりも明らかに安い。北海道発、関東向けのトンキロ当たり物流単価は鉄道コンテナが7.8円、トラック・フェリーが20.1円、内航船が10.5円。同近畿向けでも各々9.4円、20.5円、13.3円。つまり、JR貨物の競争力の源泉はスピードではなく、実は低価格だったのである。

JR貨物はなぜこのような低価格を実現できるのか。そこにはからくりがある。JR貨物の列車は各JR旅客会社など他の鉄道会社の線路の上を走っており、対価として各社に線路使用料を支払っている。だが、線路使用料の金額は国の政策として低い水準で抑えられている。つまり自前で線路を所有するよりも経費が安くてすむため、物流単価を低い水準で抑えることが可能になるのだ。

そのツケは線路を所有する鉄道会社にのしかかる。重い貨物列車が頻繁に走るため線路の傷みが激しいにもかかわらず、JR貨物から十分な維持費用を得られない。しかも青函共用の走行区間では貨物列車のせいで新幹線の実力を発揮しきれない。JR北海道にとっては二重の意味で迷惑な話なのだ。

船への切り替え案は封印された

このような理不尽がなぜ続けられているのか。実は貨物を船で輸送するというアイデアは、かつて交通政策審議会のWGでも議論の俎上に載りかけたことがある。2012年に開催された第1回のWG開催時に委員の一人が、「船による輸送も検討すべきではないか」と発言している。これに対して、国交省側は第2回のWGで「リードタイムの拡大・輸送コストの増加・整備費用の増大等により、現時点でさらなる検討は非現実的」として、提案を一蹴した。その後WGでも、議論は重ねるものの抜本的な対策は見出されていない。

在来線と新幹線をつなぐ“夢の技術”とされたフリーゲージトレインが走行試験開始から17年経っても、実用化にこぎつけられない現状を見ていると、すれ違い時減速システム、TOT、貨物新幹線といった新たな技術の開発が札幌延伸に間に合うのか、はなはだ疑問だ。

国土交通省が”非現実的”と切り捨てた船への切り替えと実力未知数の新技術。どちらが実効性のある対策か。国交省は船による輸送の問題点として「専用船の運行が気象状況により左右されやすく、安定的な貨物輸送が図れなくなる」としているが、津軽海峡フェリーの2013年の就航率は99.8%だった。

札幌延伸まであと14年。残された時間は決して長くない。船への切り替えの是非について議論だけでも行なうべきではないだろうか。 

大坂 直樹 東洋経済 記者

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おおさか なおき / Naoki Osaka

1963年函館生まれ埼玉育ち。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。生命保険会社の国際部やブリュッセル駐在の後、2000年東洋経済新報社入社。週刊東洋経済副編集長、会社四季報副編集長を経て東洋経済オンライン「鉄道最前線」を立ち上げる。製造業から小売業まで幅広い取材経験を基に現在は鉄道業界の記事を積極的に執筆。JR全線完乗。日本証券アナリスト協会検定会員。国際公認投資アナリスト。東京五輪・パラにボランティア参加。プレスチームの一員として国内外の報道対応に奔走したのは貴重な経験。

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