発達障害の子のために「親ができること」 「その子らしく生き抜く」を第一に
当初は相談できる人もいなかった。自治体と提携している病院を受診しようにも待機者が膨れ、臨床心理士と面談するまでに半年、医師の診断を受けるまでに8カ月近くかかった。
遊び感覚のおうち療育
待機中、悦子さんはネットで情報を検索してふと、発達障害をはじめとする障害児への支援事業を行う会社が指導員を募集している広告に目が留まった。
「これしかない! ただ待機している時間がもったいない」
悦子さんは、この会社で指導員としてのべ1200組の子と親にかかわった。経験を積む中で、障害の特性やABA(応用行動分析学)をベースにした発達障害の子への療育法を学んだ。
一方、リュウくんが4歳になる少し前のこと、悦子さんはジレンマを感じるようになった。発達障害の子どもは、成長にバラツキがある。家でも息子に療育を実践するなか、親がしゃかりきになるあまり、息子の側に「やらされている感」が漂っていたからだ。次第にリュウくんから笑顔が消えていった。
「療育の前に、『この子ありき』だという大事なことを、私は忘れかけていた」
悦子さんは心のギアを入れ替えた。何度も反復させる訓練で子を変えようとする療育は、この際思い切ってやめてみよう。代わりに、療育のエッセンスは採り入れながら、子どもの行動をよく観察し、周囲の環境を変えることに徹してみようと。そこから悦子さんは、自宅でゆるやかにできる遊び感覚の実践を次々に着想した。名付けて「おうち療育」だ。
例えばリュウくんがじっと座るようになる環境づくりのため、リビングのテレビの前にソファではなく、大きなバランスボールを置いた。テレビ好きのリュウくんは、気づけばそこに乗るように。悦子さんは瞬間を見逃さずに「あ、カッコよく座っているね」と気づいたらすぐ褒めた。するとリュウくんは姿勢を保つことに前向きになり、おのずとおなか周りの「体幹」の筋肉が鍛えられていった。
いま学校の授業時間は、立ち歩くことなくじっと座っている。取材で訪れた時、リュウくんはまるで曲芸師のように自由にポーズを変えながら、バランスを取ること自体を楽しんでいた。
「おうち療育家」として独立した悦子さんは、次々に生まれ出る実践法のアイデアを、同様に困っている母親たちにおすそ分けし、それが仕事にもなった。