現役脚本家が証言「『果てしなきスカーレット』は脚本作りの"反面教師"になった」…《アニー賞ノミネート》も謎?プロを驚かせた「拙さ」の正体
A氏が語るところによると、本作の脚本は「通常の脚本術に反すること」のオンパレードだというのだ。
そこまで言われると、本作を劇場で鑑賞し、それでも内容が理解できずに原作小説や、「スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界」「CGWORLD (シージーワールド) 2026年 01月号 vol.329(特集:映画『果てしなきスカーレット』」「果てしなきスカーレット オフィシャルガイドブック 見果てぬ場所」などの書籍を購入して読んだ筆者も気になってくる。
そこで今回、筆者はアニメや舞台にかかわる現役脚本家たち複数名から話を聞いた。
脚本家が感じる『果てしなきスカーレット』最大の課題
まずは本作のあらすじを振り返ろう。
『果てしなきスカーレット』は、主人公・スカーレットが王である父を無実の罪で処刑した叔父・クローディアスに「復讐」を遂げるための物語だ。しかし、スカーレットは本懐である復讐を遂げる前にクローディアスに殺されてしまい、死者の国をさまようシーンから物語は始まる。復讐もできず何のために生きていたのかと絶望するスカーレットだったが、「実は死者の国にいる」というクローディアスに今度こそ復讐するために歩き出す──というストーリーだ。
ここからは、脚本家たちが指摘する『果てしなきスカーレット』の課題について見ていこう。あくまで一つの作り方としてだが、脚本は以下の3つの要素で作られる。
テーマ(=何を伝えたいか)
ログライン・あらすじ(=何を見せるか)
企画意図(=どんな気持ちになってほしいか)
脚本作りとは、こうした要素をまとめ、肉付けしていく作業だ。脚本を構成して肉付けする過程で「作品に合わない」と判断した部分は、どんなに気に入っていても削ぎ落す判断も必要だと語る。
しかし、筆者が話を聞いた脚本家たちは『果てしなきスカーレット』では、この情報を取捨選択する作業の荒さが目立っているように感じたというのだ。A氏は次のように指摘する。
「本作では、『観客に感じてほしいこと』ではなく、『作り手が見せたいこと』ありきになっていると感じます。その結果、観客がキャラに感情移入したり、物語の展開を理解する前に次のシーンを見せられてしまい、観客を置いてけぼりにしてしまっている。
これは、脚本コンクールの応募作などでよく見られる課題です。解決策としては、見せたいシーンが削れないのであれば、いっそのこと尺をもっと増やすべきだったのでは?と感じました」
なるほど、いっそのこと、作品の尺をもっと長くしてはいかが、という意見のようだ。


















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