「草の根」に分け入り現実をとらえよ--『あなたの中のリーダーへ』を書いた西水美恵子氏(ソフィアバンク・パートナー、元世界銀行副総裁)に聞く
──なぜ「極貧体験」が必要なのですか。
世銀のお客様は貧しい人々だが、世銀に勤めている人はほとんどが上流階級で、貧しい国から来ている職員もエリート層出身がほとんどだ。貧しさを頭でわかっていても腹の底からわかっているわけではない。私自身体験し、部下たちにも強いた。
──そうしなければ、世銀で働く資格はないと。
貧しい村で一晩でも村人と過ごせば、今まで見えなかったことががんがん見えてくる。最初、自分に対して罪悪感が生じるものだ。そこで、一人では精神的に危険と判断して、専門分野の違う人を複数で送り込んだ。読み書きができなくても住民はよく地域経済を把握している。パキスタン北部の僻村では、BBCの短波放送をラジオで聞いている。こうしたことを体験すると、無学と人間の英知は関係ないことがわかる。裕福になる戦略を持っていても、実行に移すための政治やおカネがない。
そういう「真空状態」が貧困を強いていると気づくと、罪悪感が情熱に一変する。もともと持っている世銀職員としての使命感に火がつく。世銀は大きな官僚組織だから、縦割りのきらいがある。たとえば、次世代にインパクトの大きい母親教育をするには、女性労働の大半を占める水くみがなくなるよう、水道を引くプロジェクトを手掛けるべきと気づいたとする。でも、世銀の中でその優先づけはけっこう難しいから、縦割り主義の調整に走り回ることになる。しかしそういう火がついた情熱は飛び火するものだ。