「日本の法律は加害者に甘い」「加害者は晒されて当然」 は間違い?《中高生の暴行動画》"モザイク有"や"リポストだけ"でも違法になりうるワケ

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「暴行の加害者って悪いことをした人なのに、その“証拠動画”を公表したほうが肖像権侵害やプライバシー侵害に問われるのはおかしい」

「日本の法律は加害者に甘い」

このような意見を見聞きすることがあります。多くの人が、このような疑問を持たれるのではないでしょうか。このあたりのモヤモヤについて、法の考え方を説明したいと思います。

日本の法律は「加害者に甘い」わけではない

まず大前提として、法は「悪い人を守りたい」わけではありません。守りたいのは、「私人が勝手に『刑罰のような制裁』を上乗せする社会にならないこと」「法治国家の枠組みを維持すること」です。

罰するかどうか、どんな罰にするかは、本来は、検察、裁判所などの「法的手続」を経て定まるものです。ですが、暴行動画の公表(いわゆるさらし)は、こういった法的な手続を飛び越えて、私人が実質的に「社会的な刑罰」を与えてしまうことになります。

私人が自由に社会的な刑罰を与えることができる世の中は無法地帯となってしまうため、法や裁判所は、このような社会的刑罰を許容する方向にはなりません。

また、「肖像権侵害やプライバシー権侵害となるか」という法的判断は、ざっくり言うと、以下のような考え方をしています。

「公表されない利益」と「公表する利益」といった対立するものを、目的、内容、態様、その他の要素を総合的に比較して、プライバシー権であれば上記のどちらが優先されるべきか、肖像権であればその侵害が受忍限度を超えるものであるか否か、といった点を判断することになります。

これを今回の場合で考えると、暴行動画の公表や拡散は、態様として影響力が非常に強いという特徴があります。

一度ネットで拡散されると、「不特定多数に広がる」「スクショや転載で半永久的に残る(いわゆるデジタルタトゥー)」「検索により、その影響が未来までついて回る(就学・就職、家族関係にまで影響することになる)」、というように、影響力が非常に大きく深刻なものになるのです。

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