「平均的にやっていれば安心」という人の盲点。日本の中間層を襲う「世界基準」の移動という残酷な現実

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人間の本能そのものを変えることはできない。しかし「どこが中間なのか」という認識をアップデートすることはできる。これからの時代に必要なのは、「群れの中間」ではなく「世界の潮流の中間」に身を置くことだ。

つまり、自分自身をニューヨークやロンドン、あるいは上海やムンバイに瞬間移動させ、その場に立っているかのように感性を働かせること。 そうした想像力と感性がなければ、本当の意味でのグローバルな安全圏をつかむことはできない。

日本的な制度に依存した安心感から一歩外に出て、自分の立ち位置を世界基準で見直すこと。それが、これからのキャリアと人生の「安全」を担保する唯一の方法になる。

本能を、いまこそ再起動しよう。 安心の中間に安住するのではなく、変化の波に柔軟に適応し、自分で舵を取り続ける。その連続的な選択こそが、未来を切り拓く力になる。

制度改革よりも自己改革を

では、この「中間の錯覚」から抜け出すにはどうすればよいか。よく聞かれるのは「終身雇用制度を廃止すべきだ」「年功序列をやめれば日本企業は強くなる」といった制度改革論だ。こうした議論はこれからも続くだろうが、制度を変えるだけで問題が解決すると考えるのはいささか短絡的だ。

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制度は文化や歴史の文脈と結びついており、一気に取り払えば混乱を招くだけだ。本質的な問題は制度そのものもさることながら、それに依存して安心してしまう人々の意識にある。

つまり、制度がどうであれ、自らを高め続ける「ニュー・エリート」へと自律的に成長していくことこそが鍵となる。外部環境が整わなくとも、自らの学び方、働き方、関わり方を変えることで、組織や社会全体に波及をもたらすことは可能である。

したがって、日本の生産性を本当に高めるためには、制度論の議論と並行して、一人ひとりが自らを「ニュー・エリート」として鍛え直す覚悟を持たねばならない。

ニュー・エリートとは、特権的な地位を持つ人を意味しない。変化のなかで学び直し、自らを更新し、周囲を巻き込みながら新しい価値を生み出していく人材のことである。一人ひとりが自律的に進化を選び、ニュー・エリートとして立ち上がるとき、制度もまたその変化に後押しされて変わっていくのである。

布留川 勝 グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ創業者

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ふるかわ まさる / Masaru Furukawa

2000 年に「グローバル人材育成を通して日本に貢献すること」を目的に、グローバル・エデュケーションアンドトレーニング・コンサルタンツ株式会社を創業。世界中の教育機関やビジネスパートナーとの協働を通じて、400 社以上の企業向けグローバル人材育成プログラムの 企画・開発・コーディネートを手掛ける。2020 年に同社の代表を退任後も、企業向けプログラムの講師・コーチとして活躍。著書に『パーソナル・グローバリゼーション』(幻冬舎メディアコンサルティング)、『gALf な生き方』(クロスメディアパブリッシング)ほか。 プライベートでは長年のバイク愛好家であり、近年は別荘やヴィラのプロデュースにも取り組む。

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