「平均的にやっていれば安心」という人の盲点。日本の中間層を襲う「世界基準」の移動という残酷な現実
たとえば英語でのコミュニケーションやデータリテラシー、AI活用などは、いまや世界の標準スキルだ。それにもかかわらず、日本の多くのホワイトカラーはそれらを「一部の優秀な人だけが扱う高度なスキル」だと錯覚し、国内基準の中間を安全圏と誤解している。しかし、世界の基準で見れば「中間」はすでにまったく異なる場所に移動している。
私は世界のプロフェッショナル人材を、「グローバル・コア層」「新興成長層」「安定型中流層」という3層構造で定義している。3つの階層は、それぞれ異なる価値観とスキル構造を持つ。
日本社会の「中間(=安定型中流層)」は、ローカルな構造に閉じており、グローバル基準で見れば、もはや安定ではなく停滞を意味し始めている。
人間の本能は「群れのなかにいれば安心だ」と感じさせる。だが、その群れ自体が後退しているなら、安全どころか危険に近づいている。安心して中間にとどまっているつもりが、実は緩やかに沈んでいく集団の中間にいる。この構造こそが、いまの日本社会の最大のリスクなのだ。
さらに、いまではその「中間の位置」自体が驚くほど短期間で移動していく。たとえば、2022年ごろまでは、日本でも「ITエンジニアが大量に不足している」といわれていた。
だがいま、アメリカではAIの進化によって、プログラマーやエンジニアが自動化の波に飲み込まれ、大量解雇が現実に起こっている。数年前には「将来有望な職業」とされた分野が、一転して「余剰人材」扱いされているのだ。この変化は必ず日本にも波及するだろう。
なぜ、日本のホワイトカラーは気づかないのか
この「中間の錯覚」を温存してきた最大の要因は、日本独特の雇用体系にある。
終身雇用と年功序列の文化のなかでは、組織にとどまってさえいれば昇進・昇給がある程度保証されてきた。解雇規制も厳しく、よほどのことがないかぎり職を失うこともない。
この構造は、高度経済成長期の日本においては極めて合理的に機能していた。つまり、日本のビジネスパーソンにとって会社のなかにいること自体がキャリアの安全保障であり、世界に目を向けなくても生活は安定していたのだ。
だが、この安心感は世界的に見れば極めて特殊な条件のうえに成り立っていた。欧米や新興国では常に競争原理が働き、成果を出せなければ職を失うのが当たり前だ。彼らにとっての「中間」は、常に更新され続けるものだった。
21世紀に入り、グローバル化とデジタル化の波が本格化するなかで、日本型の「安全な中間」は大きく揺らいでいった。グローバル化では、企業が世界市場で戦う必要に迫られ、英語や異文化理解が必須のスキルになった。


















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