「平均的にやっていれば安心」という人の盲点。日本の中間層を襲う「世界基準」の移動という残酷な現実
デジタル化では、AIやデータ分析が業務の前提となり、従来の事務処理やホワイトカラーの調整業務は急速に自動化された。雇用における需給が短期間で変動し、数年前まで有望だった分野の人材があっという間に余剰人材と化すケースも珍しくなくなった。
本能を再起動せよ
この流れのなかで、日本のホワイトカラーが「国内の会社の中間」にとどまっていることは危険だ。なぜなら、もしあなたがグローバルの労働市場に放り込まれたときに、自分の居場所がないという現実を突きつけられる可能性が非常に高いからだ。それでも多くの人々は従来の雇用制度がもたらす安心にしがみつき、現実から目をそらしている。
「日本の大企業は豪華客船の一等席のようなもの」といった表現を聞いたことがある人もいるだろう。待遇は良く、快適で、社員は安心して座っていられる。しかし船の航路は自分では選べない。スピードが遅くても、沈みかけても、一等席にいる本人には舵を取る力がない。
この比喩は「安定」という中間点にとどまることの危うさを見事に表している。国内の基準では恵まれて見える一等席も、世界全体から見れば航路を失った船にすぎないかもしれないのだ。
私のクライアントが最も多いのは丸の内だ。昨今の丸の内は、ニューヨークやロンドンとも異なる独特のエリート感が漂っている。まさに豪華客船と呼ぶにふさわしい空間だ。日本のトップエリートが必然的に集まり、その一等席に座る人々が日々行き来する場所である。
だがその安全圏は、ニューヨークやロンドンのように常に競争が働く市場とは違う。終身雇用、年功序列、解雇規制といった仕組みがかたちを変えながらも依然として残っている。外から見れば快適だが、内側からすれば変化の刺激が遮断された温室でもある。茹で蛙になる条件は、ここにすべて揃っている。
重要なのは、これを「安心にとどまるか、それとも飛び込むか」という単純な二者択一として捉えないことだ。現実のキャリアはそんなに簡単に切り分けられるものではない。私たちがすべきことは「ずれを意識し、現場では適応しつつも、とどまらない」ことだ。
つまり、一見すれば快適に見える場所に身を置きながらも、その環境の外にある変化を敏感に感じ取り、自分の航路を少しずつ修正し続ける姿勢である。
安全圏が移動しているとすれば、本来の人間の本能は「危険が迫っている」と察知するはずだ。だが、日本では制度的な安全保障が長らく存在しているため、その本能が鈍化してしまった。


















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