学校での「暴力行為」18.2%増で過去最多、なぜ"中1"が最も多いのか…余白を生み出す「支え合い」と「引き算」の視点が必要

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そのために求められるのは、「失敗させないための管理」ではなく、安心して過ごせる心理的安全性と、問題が起きても学び合い、支え合って乗り越える温かな風土です。

この風土を一人ひとりが当事者としてつくっていくために、私がおすすめしたいのが「美点凝視」の実践です。問題点や不足ではなく、良さやありがたさに目を向け、感じたことを言葉にして伝え合うのです。感謝やポジティブ感情は、私たちの思考や行動の幅を広げ、困難を乗り越える資源を育てるとされています。

フレドリクソン(Fredrickson, 2001)の拡張-形成理論や、セリグマン(Seligman, 2011)のPERMA理論も、こうした感情がウェルビーイングを高め、回復力を支えることを示唆しています。

「足し算」ではなく余白を生み出す「引き算」の発想を

一人ひとりの発達を支え、失敗から学び合えるゆとりを生み出すために、欠かせないのが「引き算」という処方箋です。

「カリキュラム・マネジメント」や「働き方改革」が求められているにもかかわらず、学校はまだ「あれもこれも」と詰め込みがちです。コロナ禍からの回復期に、さまざまなものが元の形のまま復活していっただけでなく、「◯◯学習」「□□教育」といった新たな課題も上乗せされていきました。

わずかな隙間まで全部埋めつくそうとする習慣は、依然として根深い問題です。行事や会議、校則などの点検を「前例踏襲」ではなくゼロベースで見直し、目的が見えないものはやめる、頻度を減らす、他の活動と統合する。

こうした小さな引き算の積み重ねが、子どもと向き合う時間を取り戻すのです。

「足し算」の発想は、子どもたちのみならず、教職員自身をも追い込んでいきます。はたして現在の日本の学校で、「教職員が日中に正しく休憩時間をとれている学校」はどれほどあるでしょうか。教職の道に入って二十数年、私はいまだにそのような学校を見たことは一度もありません。

余裕がなくなれば、気持ちも張り詰め、ちょっとしたことで行き違いやトラブルが起こりやすくなるのは、現場に立つ私たちなら誰もが実感していることではないでしょうか。また、学校の核である授業の準備や練習に、教職員が十分な余裕を持って取り組める学校はどれくらいあるでしょうか……。

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