箱根駅伝5区「山の神」はいかにして生まれてきたか——。そして「4代目・山の神」は現れるのか? 近年の変化とは
もうひとつは、記録更新の連鎖だ。今井が78分05秒の区間新記録を出して卒業した2年後に、柏原が77分18秒の区間新を出した。柏原が76分39秒で区間記録を塗り替えた3年後に、神野が76分15秒を出して表舞台に飛び出した。
柏原は同郷の先輩である今井を尊敬し、「彼のようになりたい」と5区を駆けて、現実にそうなった。神野は、「『山の神』になることが大きなモチベーションになった」と語るように、5区を走ると決まったときから、「山の神」を目指すことを決めた。彼らはモチベーションと目標設定が明確で、かつ記録を更新していく流れに乗った。
これは近年のマラソンに見られた現象でもある。
18年2月の東京マラソンで、設楽悠太(西鉄)が2時間6分11秒をマークし、16年ぶりにマラソン日本記録を更新した。その8カ月後の18年10月、大迫傑(NIKE)がシカゴマラソンで設楽の記録を更新する2時間5分50秒で走り、日本人初の5分台をマークした。
さらに、21年2月、鈴木健吾(富士通)がびわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒をマークし、5分を切るタイムで日本記録を更新した。滞っていた日本記録に一矢を入れることで、堰を切ったようにタイム更新の流れが加速していった。
箱根駅伝の戦い方は大きく変わった
神野が卒業した翌年、17年の第93回大会に、5区の距離が23.4キロメートルから20.8キロメートルに変更になり、それ以降、「山の神」は姿を現さなくなった。そこから箱根駅伝の戦い方は、大きく変わっていった。
5区の距離が短縮されたので特殊区間依存型から、全体をバランスよくまとめる駅伝に変化していった。以前のように1区間で失敗しても取り戻せる駅伝ではなくなり、10区間すべてで失敗が許されない、非常にシリアスなスピード駅伝になった。
そうなったのは、選手の走力が上がったからでもある。
今の大学生のトップクラスは実業団の選手と遜色ない走力があり、大学生全体の平均値が上がっている。それは、もちろん選手の努力によるところが大きいが、厚底シューズの恩恵を受けていることが大きい。シューズのイノベーションにより、走力にも革命的な進化が起こり、レースが高速化した。
時代とともにレースが変わりゆくなかで、「4代目・山の神」が生まれる条件とは、どういうことになるのだろうか。
「『山の神』になるには、3つの条件をクリアし、かつ運も必要になります」
そう語るのは、神奈川大学の大後前監督だ。
「チームを救う走り。圧倒的なタイム。往路優勝、総合優勝に貢献することでしょう。今井君も柏原君も、神野君もその条件をいずれもクリアしている」
今井は、第83回大会で4人を抜き、区間新記録のタイムで往路優勝、総合優勝に貢献し、金栗杯を手にした。柏原も第85回大会で11人を抜いて区間新記録を出し、往路優勝、総合優勝に貢献し、金栗杯を得た。神野も第91回大会で1人を抜き、区間新記録を出して青山学院大学初の往路優勝、総合優勝に貢献し、金栗杯を得ている。
区間賞や区間記録の更新は選手個人の努力で実現可能だが、チームの優勝はいくら個々にすごい選手がそろっていたとしても達成できるとは限らない。10人全員がしっかりと走るのは当たり前のように思えるが、全員がブレーキにならず、自分の走りを実現し、総合優勝にまで辿りつくのは奇跡に等しい成功の連鎖が必要になる。
また、自分やチームの戦いだけではなく、他大学のレース展開など、自分たちではどうすることもできない運任せの要素が絡んでくる。
だが、近年、「山の神」にもっとも近づいた選手がいた。城西大学の山本唯翔(SUBARU)である。23年の第99回大会、大学3年のときに5区を走り、70分04秒で区間新記録を出した。
だが、城西大学は往路9位、総合9位に終わった。続く第100回大会でも69分14秒で5区の区間新記録をマークして金栗杯を得たが、往路はチーム3位、総合3位という成績だった。
「山本君は膝や足首の使い方がうまく、上っているぞという感覚では上っていない。だから速いんです」


















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