《ミドルのための実践的戦略思考》「プロダクトライフサイクル」で読み解く大手旅行代理店の中堅営業担当・沢田の悩み

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■ミドルリーダーにとっての意味合い

以上、PLCと絡めながら、成熟期における頭の使い方を見てきました。最後に、ミドルリーダーにとっての示唆を考えてみましょう。

まずは、このコラムでも過去に何度かお伝えしてきたことですが、表面的な言葉で思考停止しない、ということです。

我々はこのPLCをベースに、自分たちのビジネスに「成長期」「成熟期」といったレッテルを貼りがちです。もちろんそれ自体は悪いことではありませんが、それはややもすると、自分たちの自由な思考を阻害する要因にもなります。

本文でも述べた通り、市場の定義次第によってどうにでもなるのがPLCです。PLCにおいて自分たちの市場を整理すること自体は、ほとんど価値を持ちません。むしろ、一般的に「~期」だと言われている市場の前提を疑い、自分たちなりの見方を加えて考えることの方に意味があるのです。

さらに言えば、「自己成就的予言」の恐れもあります。これは、まだそういう状態になっていないにもかかわらず、ある予言を行ったことが原因となってその予言内容が現実化してしまうことです。

例えば、リーダー企業が「この市場は成熟だ」とか「衰退する」という想定の下、投資を控える、もしくはリソースを縮小させるとしましょう。そうすると、それが市場全体へのシグナルになり、その結果、競合も同調し、顧客もその空気を敏感に読み取り、市場が本当に衰退してしまう、ということが実際に起こり得ます。

PLCは一見すると客観的な指標のように見える一方で、多分に主観的なものであることを理解しておくべきでしょう。

次に重要なのは、自分たちの「コア」が何かということを常に押さえておく、ということです。

現状打破の施策を考えていくと必ず壁にぶつかるのが、「目の前にある現実」です。市場の定義の仕方は自由、新たなイノベーションのアイディアも自由です。しかし、それを実現しようとする際に必ず出てくるのが「でも、今のうちのリソースでは出来ない」という現実論です。

おそらく沢田さんのケースでも、例えば「ネットの活用」と軽々しく言ったところで、「うちが抱えている店舗のリソースはどうするのだ」という現場の声に早々にぶつかるでしょう。それもまた成熟期における現実です。

というのは、成熟期というのは、導入期、成長期と経てきた歴史があるために、既存のやり方の慣性の法則が非常に強いのです。しかし、その理屈に従っていれば、衰退期という結論が待っていることも事実です。

そこで、もし成熟期において、再度成長を志すのであれば、ジェフリー・ムーアの言うとおり、まずは事業における「コア」が何か、ということを見極めておくべきでしょう。

ここでいう「コア」とは、事業の本質的な価値を生み出している資産のことです。しかし、我々の身の回りには、「コア」の上に何重層ものコア以外の業務(=コンテキスト)がまとわりついています。そうした現実を踏まえ、ムーアは、「我々の日々の業務からコアだけを見極め、それ以外のコンテキストから資源を抜き出し、再配分せよ」と提言しています。

現場にあるコンテキストにまみれた理屈から考え、思考の幅を狭めるのではなく、「コア」をベースにした「あるべき論」から考えて、いかに現場をけん引していくか、ということを考えなくてはならないのです。そこには、現場をよく知るミドルリーダーの眼力が問われます。

目の前のコンテキスト(=コア以外の業務)に埋没することなく、「コア」が何かを読み解くことが出来たプレイヤーのみが、成熟から成長への道筋を描くことができるのです。

今回は、PLCという理論を紐解きつつ、特に成熟期というキーワードをテーマに深堀りしてみました。日本の人口動態を考えるまでもなく、日本企業の内需型産業の多くは早晩「成熟期」を向かえることになるでしょう。

だからこそ、その状況をどう捉えるかの勝負になります。そこで思考停止していては先行きがありません。現場を熟知するミドルリーダーが、自ら積極的に市場を定義し、事業を再成長に持っていく事例を数多く期待したいものです。

参考文献:
『マーケティング原理 第9版 基礎理論から実践戦略まで』
『ライフサイクル・イノベーション』

《プロフィール》
荒木博行(あらき・ひろゆき)
慶応大学法学部卒業。スイスIMD BOTプログラム修了。住友商事(株)を経て、グロービスに入社。グロービスでは、企業向けのコンサルティング、及びマネジャーとして組織を統括する役目を担う。その後、グロービス経営研究所にて、講師のマネジメントや経営教育に関するコンテンツ作成を行う。現在は、グロービス経営大学院におけるカリキュラム全般の統括をするとともに、戦略ファカルティ・グループにおいて、経営戦略領域におけるリサーチやケース作成などを行う。講師としては、大学院や企業内研修において、経営戦略領域を中心に担当するとともに、クリティカル・ シンキング、ビジネス・ファシリテーションなどの思考系科目なども幅広く担当する。
Twitter:http://twitter.com/#!/hiroyuki_araki
Facebook:http://www.facebook.com/?ref=home#!/hiroyuki.araki



◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2012年4月27日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。

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