「寂しさはまったくない」82歳《最後の村人》が"理想郷"で1人暮らしするワケ…文豪・武者小路実篤がつくった村で送る「孤独でも豊かな生活」

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

慌てて後を追うが、前日までの雨で斜面はぬかるみ、足を滑らせば谷底に転げ落ちかねない。ロープや木の根を頼りに慎重に進み、約30分後、ようやく取水ダムに到着。写真を撮る余裕もなく、靴も手も泥だらけになった。

「ここまで記者が来たのは初めてだよ」

松田さんは笑いながら、山水が溜まる場所に備え付けられた管の周囲に溜まった泥や葉っぱを取り除き始めた。台風や大雨で土砂が流れ込み、水が止まることもある。一方で、雨が降らない日が続き過ぎると、生活水が枯れる。

「ここは多くの人が住める場所じゃない。本当に好きじゃないとできない。でも自分で望んでやっていることが大事なんだよね。僕にとっては普通の生活だから、寂しさはまったくない」

生活などに使う水を引いている山中の手作りダムを掃除する松田省吾さん(2025年5月2日、宮崎県木城町で、弁護士ドットコムニュース撮影)

武者小路実篤が1918年に開村、最盛期は50人の住民

「新しき村」は、明治から昭和にかけて活躍した作家、武者小路実篤(1885〜1976年)が1918年に開いた「人道主義共同体」だ。掲げた「精神」は次のようなものだった。

一、全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に成長させる事を理想とする。
一、その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。
一、その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に他人の天命と正しき要求を害してはいけない。
一、全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとる事で全世界の人間が同じく義務を果たせ、自由を楽しみ正しく生きられ天命(個性もふくむ)を全うする道を歩くように心がける。
一、かくの如き生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ全世界の人が實行する事を祈るもの、又は切に望むもの、それは新しき村の会員である、我等の兄弟姉妹である。
一、されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入る事で、入ろうとする事で、それ等の人が本当に協力する事で、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。
次ページ「自他共生である」
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事