SLから電車特急まで「北の大動脈」函館本線の記憶 ディーゼル機関車重連が牽く急行が「山線」を力走
電化区間を走る電気機関車はED76形500番代が小樽―滝川間の電化完成と共に登場して、貨物列車のほかに旧型客車や50系客車、夜行列車の先頭に立ち、急行「大雪」や「利尻」などの優等列車の先頭を飾ったこともあった。札幌―函館間の客車急行「ニセコ」も電化区間はED76形500番代が牽引していた。

山線「小沢駅」の思い出
ここまでもたびたび触れてきたが、函館本線を語るとき、やはり筆者は「山線」を抜きにすることはできない。現在、北海道新幹線の札幌延伸工事がほぼこの「山線」に沿って進められている。発展的廃止の運命にあることについて筆者としては納得できない思いもあるが、その点については地元の判断を尊重したいと思う。
最後に、筆者が思い入れの山線の駅を一つとりあげたい。小沢駅だ。
この駅は、国鉄時代には鉄道の要所として多くの列車の往来があった。構内には給炭所と給水塔があり蒸気機関車はここで身支度を整えて倶知安峠に挑んだ。駅構内には職員の官舎もあり駅前には食堂、旅館もあり駅は乗客で賑わっていた。


この駅から延びていた岩内線はかつてニシン漁で賑わい、岩内港からの貨物輸送が盛んに行われていた。小沢駅の衰退はこの岩内線の廃止から始まったと、長年小沢駅を見守ってきた筆者は思っている。小沢駅は蒸気機関車の似合う駅だった。この駅での9600形、C62形、そしてD51形の発車する場面の迫力は国内屈指の鉄道風景だった。

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