5000人以上の遺体と向き合った死体調査官の記録 「死体と話す NY死体調査官が見た5000の死」
「良かったら、わたしがこれまでに学んだことをいくつか教えよう。まず、検察官と被告側の弁護人を平等に扱い、同じように注意を向け丁重に接することだ。きみはどちら側の味方でもない。あくまで中立的な立場の証人なんだ。質問されたら10秒考えよう」
「10秒? そんなに長い間黙っているんですか」
「なら、最低5秒だな。永遠のように長く感じるかもしれないが、その間に頭の中でどう返答するかを考えられるし、相手から挑発されても反射的に反応するのを避けられる。それから、陪審員に顔を向けて彼らに答えるんだよ、弁護士じゃなくてね。事実を審理するのは陪審員なのだから、彼らに全注意を向けるんだ。陪審員一人ひとりを見て、質問の範囲内で最善を尽くして話すことだ」
「裁判中に邪魔が入ることがありますよね。『質問に答えてください。イエスですか、ノーですか』って」
「そう言われたら、そうすればいい。弁護士が攻撃的になればなるほど、きみは礼儀正しく忍耐強く接するんだ。陪審員はきみのプロ意識に敬意を払い、ちゃんと話を聞いてくれるだろう」
彼の言うことが正しいとわかったし、裁判の前に相談すれば良かったと思った。彼は求められてもいないのに誰にでもアドバイスを押しつけるような人ではない。
「さあ、もう帰っておいしい夕食にありつきなさい。大変な一日だったんだからごほうびが必要だ」
わたしはすっきりした気分で彼のオフィスをあとにしつつも、彼があれほどの紳士じゃなかったら、どう対応しただろうかと思った。ドクター・ハーシュは、わたしの気分が最悪で、何を言おうがこれ以上悪くならないことを知っていた。そしてわたしの失敗を否定するのではなく、次回もっとうまくやるにはどうしたらいいかを教えることで、わたしを元気づけることを選んだ。
州検察官による尋問
そして今、わたしはアーロン・キーが裁かれる法廷の外にいた。間もなくジョージ・ゴルツァーからの反対尋問が始まる。緊張したため、自分を落ちつかせるために女子トイレに行った。わたしは天井を見上げて神に祈った。「神よ、どうか自分の仕事をきちんとこなせますように」。それからドクター・ハーシュのことや彼から教わったことを思い出した。アルコホーリクス・アノニマスから、演じなさいと教わったことを思い出し、ドクター・ハーシュになったつもりで演じようと決意した。しらふを演じなさいという主旨のプログラムだったが、法廷でも使えるなら使ってもいいではないか。これなら冷静で、礼儀正しく、落ちついていられるだろう。
その日わたしは、一番良いスーツを着用した。ブルックスブラザーズの黒の上下にパリッとした白のブラウス、黒のパンプス。まるで弁護士のように見えた。これを着ると強くなったような気がして、思慮深さ、落ちつき、自信にあふれた態度といった、その場にふさわしい雰囲気を醸し出せるのだ。
州検察官による予備尋問が始まった。裁判を始める前に、鑑定人が適格であるかを調べるプロセスだ。検察官からはわたしの経歴、資格、経験、鑑定人として法廷で証言したことがあるかなどを質問された。その次はゴルツァーの番だ。学歴について問われた時、わたしはコロンビア大学で公衆衛生学の修士号を取得したと答えた。ゴルツァーはすかさずその高学歴を打ち消そうとした。「ミス・ブッチャー、そのコロンビア大学の学位は、この事件のあなたの仕事とは何の関係もありませんよね?」。彼がまたしてもわたしの資質と信用性を攻撃しようとしているのがわかったが、こちらも攻撃には備えていた。
わたしはにこやかな笑みを浮かべた。「ええ、この事件とは何の関係もありません」
スドルニック裁判官がわたしを死体調査の専門家として認めたあと、プランスキー州検察官による直接尋問が始まった。わたしは目撃したことを描写して、その一つひとつが何を意味するのかを陪審団に説明するよう求められた。ジョハリス・カストロがいた場所、ねじ曲がった身体、重度の火傷。法廷に遺族がいたため、わたしは少しの間ためらった。それから深呼吸すると、できるだけ感情をまじえずに淡々と凄惨な現場を描写した。仕事をやらなければならない。尋問の途中で、州検察官が大きなスクリーンに何枚かの写真を映して、なぜ火を放たれた時にジョハリス・カストロが意識を失っていたと思われるのですかとわたしに尋ねた。写真には彼女が寄りかかっていた壁が写っていた。ライトグレーの軽量ブロックの壁の、彼女の背中と頭が寄りかかっていたところにうっすらと白い輪郭ができていた。その輪郭を取り囲むようにして、彼女の焼死体から放出された黒い煤がついている。
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