自由が丘に爆誕「都市型イオンモール」が持つ課題 開業から1年、多くの魅力を持つ施設だが疑問点も

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階段で3階にあがってみると、さらに広いテラスが視界に入ってくる。日によってはここでイベントなどをやるらしい。私が訪れたときは、ここに並ぶいくつかのテーブルで勉強をしている人もいて、ちょうどいい滞留空間になっているようだ。 

至る所に椅子と机。素晴らしい青空が広がっている(著者撮影) 

テラスを巡りながらさらに上にいくと、屋上には「Harappa」という空間が現れる。その名の通り、小さな野原なのだが、そこからは天気がよければ丹沢山系や富士山も見ることができる。自由が丘にいることを忘れてしまいそうな眺望である。 

屋上の「Harappa」。個人の庭のようでさえある(著者撮影) 
Harappaからの眺望。東京の景色を見ることができる(著者撮影) 

自由が丘に「大型商業施設」ができる意味 

自由が丘は関東大震災後に区画整理が行われたエリアで、それまでは農村地帯だった。

「自由が丘」という地名は、1927年にこの地に誕生した「自由ヶ丘学園」に由来する。かつては幼稚園・小学校(旧制)・中学校(旧制)にわたる大きな学校で、この中の幼稚園・小学校は「トモエ学園」の源流にもなった。黒柳徹子などを輩出した学校としても知られ、『窓ぎわのトットちゃん』の舞台にもなった学校だ。

実は「自由が丘 デュ アオーネ」、この自由ヶ丘学園が元あった場所に建っている。敷地内にはそれを記念する石碑も建てられている。 

石碑
デュ アオーネの区画には、このような石碑が建っている(著者撮影) 
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