円安によって多くの日本人は再び豊かになる 今の円安に対して過剰に反応してはいけない

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ドル安円高がデフレ期待を高めたことで、その後のデフレと経済停滞を招く中で、マクロ安定化政策の失政が続いた。その結果、通貨円の価値が恒常的に割高な状況、デフレと経済停滞の負の構造が長期化する状況が2012年まで続くことになる。これが、「日本経済の失われた20年」の本質である。

日銀が引き締め政策に転じる可能性は低い 

デフレと通貨高がもたらす低成長均衡から抜け出すために、第2次安倍政権誕生とともに、2013年からの日本銀行による金融緩和が講じられたことをきっかけに、デフレと行きすぎた通貨高が解消され、日本経済はようやく成長軌道に戻りつつある。

失われた20年も含めた過去30年の日本の教訓を踏まえると、金融緩和によって円安が長期化していることはある意味当然だ。①長期の円安は脱デフレを伴う経済正常化にとって必要なプロセスであり、②円安の定着によって1980年代のように日本が他の先進国よりも経済環境がよくなる、ということである。

円安進行は円の購買力低下を招くが、経済正常化の最後の後押しとなり、日本企業の価格競争力を復活させ、長期的に経済成長を高める。そして、1995年までの大幅な円高とデフレのダメージで、日本人が貧しくなったことと反対に、大幅な円安が続けば、今後多くの日本人の生活水準を高めることになる。

こうした話をすると、「円安によって日本人が貧しくなる」という反論を受ける。だがこうした議論は、表面的な事象を強調しているだけだと筆者は考えている。「円安による物価高で年金生活者が貧しくなる」という批判があるが、年金給付水準は物価上昇率に連動しているのだから、そもそも事実ではない。

また「海外で稼いだ企業が現地で投資を増やして、それが国内に還流しないのだから日本人は豊かにならない」との意見もある。企業のお金の使い方は個々の企業の戦略であり、理想の姿はないわけで、こうした議論に意味はない。ただ、円安が続けば日本国内で工場を建てるインセンティブは強まるのだから、円安で日本の経済成長率が高まることは変わらない。

さらにいわゆるデジタル赤字が増えていることが問題とする論者もいる。最近の円安とデジタル赤字の因果関係は不確かであり、筆者はほとんど関心を持っていない。ただ「貿易赤字=悪い」というのは妥当ではない議論であり、こうした赤字によって日本人が貧しくなっているという認識があるとすれば、それは妥当ではないと筆者は考えている。

金融引き締めを慎重に進めて円安を長引かせる政策運営を、植田和男総裁率いる日銀は続けたほうがよい。6月13~14日の金融政策決定会合で、日本銀行は国債購入の減額方針を次回7月会合(30~31日)以降明らかにすることを表明した。

これは事実上の量的引き締め政策開始を意味するが、引き締め政策を日本銀行は慎重に進めるのではないか。かつて「デフレの番人」と国内外から批判された日本銀行が、時期尚早な引き締め政策に転じる可能性は低いだろう、と筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

村上 尚己 エコノミスト

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むらかみ なおき / Naoki Murakami

アセットマネジメントOne株式会社 シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、外資証券、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。

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