中国人向けの書店が東京で続々開業する深い事情 言論統制を嫌うインテリが日本に脱出している

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1970年代生まれの許氏が中国における環境の変化を説明する。「中国では2000年以降の経済成長に伴って知識分子が影響力を失いました。ここ10年はスターを中心とするエンタメの興隆もあり、知識分子の存在がさらに周縁に追いやられました」。

許氏ははっきり語らないが、中国では過去10年で当局によるコントロールによって言論空間がグッと縮まり、社会問題を真剣に議論するような雰囲気は雲散霧消した。

国際ランキングでの躍進とは裏腹に、許氏の目には、教育システムの硬直化により、中国の大学の質は悪化していると映る。その中で独立書店が提供する空間は実はますます重要になってきているとの見方だ。銀座店でも、日本などで良好な教育を受けた若い在日中国人が来るようになると期待を寄せる。

東京に「知識人」が集まってきている証左

それだけにとどまらず、2023年12月には中国人社会活動家の趙国君氏が神保町に「アウトサイダー中文館(中国名は「局外人書店」)」をオープンした。中国語の絵本を取り扱うほか、店内で自由に本を閲覧でき、会員になると本を借りることもできるのが特徴だ。

神保町に「アウトサイダー中文館(「局外人書店」)」をオープンした趙国君氏。店内で自由に本を閲覧でき、会員になると本を借りることもできる(写真:筆者撮影)

開店を前にクラシック音楽の流れる店内でインタビューに応じた趙氏は、薄縁の丸メガネをかけ、左手に収まった木製パイプと相まって、いかにも知識人という風貌だった。

開店理由については、「書店は、元来私のような読書家にとっての夢と理想です。2022年に日本に来て生活が落ち着いた後、自分の好きなことややりたいことをやりたいと思いました」と語る。

自身は学者にはならなかったものの、法律学者を招くサロンを長く運営した経験があり、そのことも書店を開くきっかけとなった。

開店当日に開かれたオープニングセレモニーには多くの新華僑や近年日本に渡ってきた人々が駆けつけ盛況だった。さらには、中国を代表する著名なリベラル系法律学者、賀衛方氏がオンライン参加していた。また開店は、中国の著名思想家である胡適(1891~1962年)の誕生日に合わせるというこだわりぶりだ。

さらに、「東渡飛地」書店が2024年3月に東京・市ヶ谷でオープンする見込みだ。「飛地書店」はもともと香港メディア端伝媒の創立者でジャーナリストの張潔平氏が2022年に台北で1店目を立ち上げた。

「東渡飛地」は、フルオープンを前にした現在、新宿御苑前駅近くのアナーキズムをテーマとするショップ「イレギュラー・リズム・アサイラム」の一角で書籍やグッズを販売中だ。関係者によると、「東渡飛地」では、主に台湾や香港で出版された本を扱う予定とのこと。インディペンデント映画の上映会やスタンドアップコメディのライブも企画する。

都内で華語書籍を扱う店には神保町の老舗である内山書店や日本橋に進出した台湾の大手チェーン誠品書店などの前例があるが、単向街書店のような本格的な華語書店が相次いで開店することそれ自体が、中華圏から東京に少しずつ知識人が集まってきている証左と言えるだろう。

舛友 雄大 中国・東南アジア専門ジャーナリスト

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ますとも・たけひろ / Takehiro Masutomo

カリフォルニア大学国際関係修士。2010年中国メディアに入社後、日本を中心に国際報道を担当。2014年から2016年までシンガポール国立大学で研究員。

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