ゼレンスキーはなぜ話す言語を使い分けるのか 政治家が使う「テクニック」心理言語学者が解説

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しかし、相手の言語で政治的なメッセージを伝えるという戦略は、わざとらしい、媚びを売っているという印象を与え、裏目に出る危険もある。

アメリカでは、ヒスパニックの有権者を相手にスペイン語を使うという行為に対して、「hispandering(ヒスパニックに媚びる)」という表現もあるほどだ。

アメリカ政治では、ヒスパニックの有権者を意識してスペイン語を使うと、ヒスパニックの支持は得られるが、白人の英語話者からの支持が減るという弊害もある。

消費者に買わせる言葉づかい

意思決定の操作に言語を利用しているのは政治家だけではない。たとえば広告業界は、消費者に買わせるための正しい言葉づかいを日夜研究している。

広告の言語は、たとえ商品は同じでも、ターゲットとなる顧客層によって変わることが多い。

たとえば同じポテトチップスでも、ターゲットが上層階級の場合、重視されるのは商品の質の高さだ。「自然」、「加工食品でない」、「人工的な添加物不使用」といった点が強調される。

対してターゲットが労働者階級であれば、重視される価値は「家族」と「地元」。アメリカらしい景色が登場し、伝統的な家庭のレシピでつくられている点が強調される。

食品の広告に使われる言語を対象にしたより一般的な研究によると、高価格帯の食品の広告では「入っていないもの」(低脂肪、無添加、動物実験していない、など)が強調され、低価格帯の食品の広告では「入っているもの」(30パーセント増量、など)が強調される。

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「〇〇が入っていない」「〇〇を含まない」という表現には、それを買う人に「自分は特別だ」という感覚を抱かせる効果がある。

政治と広告における言語の力はとても大きく、使う言語を変えるだけで、同じ人にまったく正反対の意見を持たせることさえできる。マルチリンガルは、政治姿勢を問う調査で、使う言語によってより保守的になったり、よりリベラルになったりする。

政治的な意見や、誰に投票するか、何を買うかといったことから、より広い社会的な行動一般までが、使う言語によって変化するのだ。

(翻訳:桜田 直美)

ビオリカ・マリアン 心理言語学者

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ビオリカ・マリアン / Viorica Marian

ノースウェスタン大学ラルフとジーン・サンディン寄付基金教授。コミュニケーション科学と障害学部、および心理学部の教壇に立つ。2000年から同大学の「バイリンガリズムと心理言語学研究室」で主任。

母語はルーマニア語で、ロシア語はほぼ母語と同等に話し、英語も堪能。アメリカ手話、広東語、オランダ語、フランス語、ドイツ語、日本語、マンダリン、ポーランド語、スペイン語、タイ語、ウクライナ語など、さまざまな言語の研究に携わってきた。バイリンガルの言語処理の構造と、複数の言語を話すことが認知機能、発達、脳に与える影響に関する研究を行っている。

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(監修)今井 むつみ 慶應義塾大学環境情報学部教授

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いまい むつみ / Mutsumi Imai

慶應義塾大学環境情報学部教授。1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94 年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D. 取得。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。主な著書に『ことばと思考』『学びとは何か─〈探究人〉になるために』『英語独習法』(すべて岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)など。共著に『言語の本質─ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)、『言葉をおぼえるしくみ─母語から外国語まで』(ちくま学芸文庫)、『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店)などがある。

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