インドネシア「日本の中古電車輸入禁止」の衝撃 世論は導入望むが「政治的駆け引き」で国産化へ
そんな中でも国営企業省が中古車輸入推進の立場を表明したのは、次期副大統領候補にも名前が挙がる実業家、エリック・トヒル国営企業大臣の影響力によるところが大きい。当初は4月には出ると言われていた決定が延びに延びて6月に持ち越されるまでの間、政府内での駆け引きが続いたであろうことは想像にかたくない。
この間には、輸入した中古車両の編成組み替え、運転支援装置のROM更新などの現地化改造をINKAに受注させ、ある程度の国産化比率を担保させるという妥協案も示されたようであるが、最終的な答えは「NO」だった。
今回の中古車両輸入禁止決定にあたっては、2024年に3~4編成の新車輸入と、並行して既存のチョッパ制御車両の19編成程度の更新工事を実施することも併せて決まった。だが、29編成の導入予定が、わずか3編成に減少という事態に、利用者団体からは怒りを通り越して呆れる声が漏れた。しかしながら、もうこれは覆らない。大規模な輸送改善は、本格的に国産新車が導入される2025年以降まで見込めなくなった。政府のプライドが優先され、利用者は置き去りにされた格好である。
日本側の一押しで何とかならなかったか
筆者は一利用者として、この殺人的ラッシュをあと2年以上耐えなければならないと考えると憂鬱になる。そして、日本側からの一押しさえあれば事態は打開できたのではないかと思えなくもない。
日本政府は2014年に「ジャカルタ首都圏鉄道輸送能力増強事業(I)」として163億2200万円を上限とする円借款契約をインドネシア政府と結んでおり、その中には車両調達も含まれている。しかし、コンサルによる事前準備調査に基づいて両国の合意をもって策定されたプロジェクトであるにもかかわらず、インドネシア側はこれを不要とした。車両調達以外のパッケージもほとんど実行されていない。
そこで、2022年5月18日付記事「『日本の牙城』ジャカルタ鉄道に迫る欧州勢の脅威」で紹介した通り、この予算を用いて、ブカシ線ジャティネガラ―ブカシ―チカラン間に日本式の保安装置(ATS-P)を先行導入することとした。現在はまだ設計の段階である。また、スルポン線の自動信号化の準備も進められており、これが完成すると現在の最短10分毎から5分毎での運転が可能になる。完成後は必然的に必要車両数が増える。もし、中古車両の輸入が認められていれば、生きた状態のATS-Pを装備した車両を最大29編成も格安に手に入れることができた。高価な保安装置を新たに用意する必要はなく、スルポン線の増発も可能と、一石二鳥だった。
もともと車両調達という名目もあったわけだから、何らかの形でこのプロジェクトを活用しつつ、中古車両の暫定的輸入に向けてインドネシア側に働きかけることはできたのではないだろうか。しかし、現実には日本政府は一切動かなかった。これだけの好機があったにもかかわらず、それを生かせなかったというのは、あまりにも情けないことである。
今回の中古車両輸入禁止の決定に至る背景は、今回取り上げた大統領選をめぐる政治的駆け引きだけでなく、工業省とKCIの国産新車導入をめぐる対立、そして中国の影響力も見え隠れする。これらについては稿を改めて紹介したい。
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