「前任者を何人も病院送りにしている悪名高い先生とペアを組むことになったのです。事前にほかの先生にも相談しましたが、『こういうことは断るものではない』と言われました。でも実は、ほかのベテラン教員たちはこっそりと管理職に嫌だと伝えていた。結局、私が組むしかなかったのです」
先輩教員は、宮野さんのことをほかの教員の前で頻繁に叱責した。「向いてないよ」「辞めたほうがいいんじゃないの?」など、もっとひどい暴言もあった。一緒に取り組んでいたはずの仕事でのささいなミスを「お前の責任」「段取りが悪いからだ」と言われ、教室にやって来ては「汚い」「ガサツ」などあら探しをされた。初任校には一定期間在籍すべしという暗黙のルールの下、宮野さんは逃げ場のない状態で働かざるをえなかった。
診断書をもみ消し「もっとスルースキルを」と言う管理職
文部科学省によると、2021年度の教育職員の精神疾患による病気休職者数は5897人と過去最多だった。当時の宮野さんの周囲にも休職する教員は多く、そのほとんどが同僚など職場の人間関係に悩んでいたという。
「子どもや保護者のことで悩んでも、それを理解し、手助けしてくれる同僚がいれば乗り越えられると思うのです。実際に、学級崩壊に近い状況に陥っても、ほかの教員が『この時間は見てあげるよ』『大変だね』と寄り添ってくれたから、何とか1年間やり切ったという先生を知っています。でも私の職場では、何かあれば先輩教員にも責められ、人格否定をされるのが当たり前でした。暴言を吐かれているとき、周囲の教員が何も言ってくれないことも非常にこたえました」
やがて体調に異常が出始めた宮野さんは病院へ行き、適応障害の診断を受ける。診断書には原因として「パワハラ」という記載があったが、それを見ても管理職は動こうとしなかった。
「好きなだけ休んでいい、と言われただけでした。『もっとスルースキルをつけたほうがいい』とも。診断書ももみ消され、どうなったのかわからないままです」
宮野さんは自分のためだけに診断書を出したのではなかった。このままでは必ず同じ目に遭う人が出るし、とくに若い教員が辞めてしまっては取り返しがつかない。「パワハラ」という文言のある公的書類は、具体的な対策のきっかけになるのではないかと思ったのだ。だが宮野さんが復帰したとき、管理職は得意げに「あの問題のある先生は、ほかの学校に飛ばしておいたから」と言った。その教員はほかの学校で同じことを繰り返しているだろう、と宮野さんは推測する。
「教員同士のいじめやパワハラが起こらない学校は、管理職が強い傾向にあると思います。よくない行動を取る教員を、管理職がきちんと注意することができるからです。そうした意味で、その人は問題をなあなあにしてしまう弱い管理職でした。また、雰囲気が悪い学校には『ダメ出しの文化』が根付いているように思います」
宮野さんの学校では、若手教員が先輩の話を聞いて学ぶ研修が定期的に行われていた。あるとき先輩教員が出席できず、若手教員だけで話し合ったことがあった。すると「わずか1、2歳差の教員たち」が、いちばん若い教員の不足をあげつらい始めたという。
「自分たちがされてきたことをしてしまうので、相手に寄り添って共感することができないのだと思います。それぞれにストレスがあったのだと思いますが、結局、そのときダメ出しをしていた先生たちも、みんな教員を辞めてしまいました」