与那国島「予期せぬミサイル部隊配備」の大問題 辺境から南西防衛と台湾有事を考える(下)

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与那国町が自衛隊の駐留に最も期待していたのは、人口と財源の増大だ。住民税も増え、隊員が参加することで島の伝統行事も活気づく。交付金で島のインフラ整備も行える。実際、隊員の家族の移住で児童数が増え、一時的に複式学級が解消された小学校もあるという(一時的な効果しかない理由は後述)。

しかし、2023年1月に防衛省から与那国町に対してミサイル部隊の配備が通告されると、地元住民の中からは、「現在の監視部隊は賛成している人でも、最初からミサイルが来ると分かっていれば賛成しなかった」という声があがった。国境を防衛する部隊なら自分たちを守る存在だが、アメリカとともに中国の台湾侵攻を阻止する部隊となれば中台、米中の戦争に自分たちを巻き込む存在となるという危惧の言葉である。

言葉だけの安保3文書の「国民保護」

住民投票をへて自衛隊を受け入れ、島の人口増加を歓迎する与那国の住民が、ミサイル部隊の駐屯には難色を示す背景には、安保3文書の随所で触れられている「国民保護」について、政府が十分に検討した跡が見られないことがある。

たとえば、安保3文書の「防衛力整備計画」には、「自衛隊の各種輸送アセットも利用した国民保護措置を計画的に行えるよう調整・協力する」とあるが、国際法には軍民分離の原則があり、軍が使う施設を一般住民が使うと軍の一部と見なされ、住民も敵から攻撃される。

自民党の佐藤正久元外務副大臣はテレビ番組で、安保3文書では国民保護について「まだ実際に沖縄県などを巻き込んだシミュレーションをやっていないので、具体策を書くことはできなかった」「詰めきれなかった」と語る。しかし、国際法の基本原則をふまえていない、住民に対する敵の攻撃を誘発するような国民保護計画は、シミュレーション以前に勉強が足りていないといわざるをえない。

また、同文書の「国家安全保障戦略」に書かれた、「武力攻撃より十分に先立って、南西地域を含む住民の迅速な避難を実現」のうたい文句も、晴れた日には対岸に台湾が見える、尖閣諸島からも約150kmしか離れていない与那国島では不可能だ。

アメリカのナンシー・ペロシ連邦議会下院議長が台湾を訪問した2022年8月、中国軍が台湾周辺で軍事演習を行い、与那国島沖約80kmに弾道ミサイルが着弾した。しかし、国から与那国町に対して事前の情報提供はなく、ミサイル発射後に与那国漁業協同組合に第一報が入ったという。「Jアラート(全国瞬時警報システム)も鳴らなかった」と住民は証言する。

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