あまりに強引な保険証廃止、医療の混乱は不可避 マイナカード一本化で"無保険状態"発生か

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京都市内の特養ホーム「原谷こぶしの里」施設長の介山篤氏は東洋経済の取材で、「保険証を預かることと、暗証番号も含めてマイナカードを管理することでは責任の重さが格段に異なる。私個人としては、今まで通りのやり方で保険証の交付を続けてほしい」と危機感をあらわにした。

「認知症の人と家族の会」の鈴木森夫代表理事は、「認知症の症状が進んだ人がマイナカードを取得するのは容易ではない」と指摘する。同会のある支部のヒアリングによれば、顔写真の撮影の難しさや暗証番号設定の手続きなどさまざまな苦労があったことが報告されている。

高齢者がマイナカードを取得するには大変な労力が必要だ(写真:PIXTA)

「施設の職員が手伝い、やっとの思いで撮影した写真について、正面を向いていないとか背景が無地でないといった理由で役所の窓口で2度もだめ出しをされたケースもある」(鈴木氏)。

マイナカードを取得できたならばまだしも、「一人暮らしの高齢者などで取得せず、資格確認書の交付も申請しなかった場合、制度から落ちこぼれる可能性がある」と鈴木氏は危惧する。

サラリーマンは資格確認書交付の対象外?

混乱が生じるのは、もともと「任意」とされてきたマイナカードの取得を、保険証を廃止して代替させることで、事実上「強制」しようとしていることに原因がある。健康保険証の廃止とマイナカードへの一本化は2022年10月、河野太郎デジタル担当相の鶴の一声で決まった。

しかし、あまりにも急な政策決定に、高齢者団体や医療現場から危惧の声が上がった。そこで政府は専門家によるワーキンググループを急きょ開催。指摘された意見を反映させたとして2月に「マイナカードと健康保険証の一体化に関する検討会中間取りまとめ」を公表した。

そこでは「マイナカードがすべての国民に行き渡るように全力を尽くす」としつつも、介護が必要な高齢者などでマイナカードによる資格確認ができない人を対象に資格確認書を交付することが盛り込まれた。

ただし、あくまでも申請が原則であり、有効期限も1年に限定されているため、毎年申請手続きが必要になる。厚労省は最後の手段として地方自治体などに職権での資格確認書の交付も認める方針だが、どのような場合にそれを行ってよいかは法案には明記されていない。

サラリーマンなどは資格確認書の交付対象にならない可能性もある。厚労省の担当者は「法案成立を踏まえて今後の運用方針を決めていきたい」と語っている。

こうしたいきさつについて知っている国民は少ないと見られる。先行した衆議院でも法案の審議日数はわずか4日、審議時間は約13時間と短かったためだ。

4月27日の衆議院での可決に際しては、「マイナカードの取得を強制しないこと」「資格確認書の申請漏れ等により、保険診療を受けることができない者が生じないよう措置を講じること」など11項目にものぼる附帯決議がなされた。与野党問わず、保険証廃止に不安を抱く議員が少なくないことを物語る。

その後、法案は参議院に送られ、5月12日に審議が始まった。衆議院で指摘された問題点が解決できないまま可決・成立となれば、今後の混乱は避けられないだろう。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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