元徴用工問題のボールは韓国から日本に移った 外交が韓国司法から主導権を奪い返せるか

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対象となる元徴用工は、すでに判決が確定している人が15人で、賠償合計金額は数億円となる。このほか現在係争中の訴訟は約70件あり原告の数は約250人になるといわれている。韓国政府は判決が確定した元徴用工だけでなく、係争中の人たちについてもすべて解決しようという方針のようだ。

2018年に大法院が三菱重工業など日本企業に損害賠償金の支払いを命じる判決を出して以後、当時の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は問題解決のために一切、動こうとしなかったことを思えば、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の積極的な姿勢は高く評価できるだろう。

もちろん韓国政府が積極的に解決策を示したからと言って、その通りに進むわけではない。

原告やその支援団体は政府案に強く反対し、お金の受け取りを拒否するとしている。長い年月をかけて勝ち取った判決であるにもかかわらず、日本の政府や企業が何もしないで韓国企業が肩代わりするだけの決着を受け入れるわけにはいかないだろう。

韓国メディアは、原告らは韓国企業が日本企業に代わって資金を提供することを阻止するために形を変えた法廷闘争も検討していると報じており、今後の展開を予測することは難しい。

外交の成果を司法がひっくり返した

一方、日本政府や企業の対応だが今のところ表立った動きはない。しかし、韓国政府がこれだけ積極的に動いている一方で、日本側がなにもしなくて済むのだろうか。

大法院判決について日本政府は一貫して、「元徴用工問題はすでに外交的に決着済みの問題であり、判決は国際法違反である」という主張をしている。賠償金支払い問題は韓国国内の問題であって、韓国政府が対応すべきだという立場だ。三菱重工など日本企業も同じで、賠償金を支払うことを拒否している。

そもそも大法院判決は植民地支配が違法という前提に立っている。その植民地支配に直結する日本企業の活動も違法であるから、徴用工の賠償請求が成り立つという論理を展開している。

植民地支配が違法か合法かは、日韓国交正常化交渉での最大のポイントだった。双方が容易に妥協できない中で、両国政府は国交正常化を優先して、日韓併合条約など「すべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」という表現で外交的妥協をはかった。これを受けて韓国政府は2度にわたって法律を整備し元徴用工に対する補償を実施してきた。

ところが大法院判決はこうした外交的成果を一気にひっくり返してしまったのだ。

大法院判決はすでに確定しており、類似の訴訟に対して拘束力を持つことになる。それは植民地支配に関する韓国の行政府と司法の認識の違いが固定化することを意味する。

韓国政府案は判決が確定した原告だけでなく、係争中の元徴用工に対する補償まで含んでいる。このことは、当面の懸案である日本企業の資産の現金化を回避することだけが目的ではないことを示している。

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