ひとり広報を迎えた「宮崎県の田舎町」に起きた事 月10本のプレスリリースを出し続けた結果…

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「宮崎県の小さな町」が、プレスリリースによって一躍有名になったエピソードを紹介します(写真:とうがらしたんたん/PIXTA)
いま、「ひとり広報」が注目されています。厳しいビジネス環境下で思うように集客できなくなったり、消費そのものが抑制されたりしたことにより、ファンづくりの重要性を認識し、「広告から広報へ」という考えにシフトしている企業が多いためです。「最近、広報活動が大事と聞くし、うちもそろそろ」といった感じで広報部門ができ、未経験の人が「ひとり広報」として任命されることが増えているのです。
話題の移り変わりが速い現代では、フットワークが軽い「ひとり広報」だからこそ強いとも言えます。しかしひとり広報は、「知識・情報・話題・時間・繋がり」が不足しがちです。その「5つの不足」を乗り越える83の戦略を紹介しているのが、新刊『ひとり広報の戦略書──認知と人気を全国レベルにする「知ってもらえる」すごい方法』です。
著者は、飲食店や食品、人材、IT、住宅、家電、ヘルスケア業界などの大手企業からベンチャーまで、さらにはNPOや地方自治体など、約5年間で30社以上の広報業務をサポートしてきた小野茜氏。2022年には「PR TIMES」によって「プレスリリースエバンジェリスト」に認定されるなど、日々精力的に活動する現役の「ひとり広報」です。
この記事では、著者が広報サポートをした「宮崎県の田舎町」が、プレスリリースによって一躍有名になったエピソードを紹介します。

あまりに無謀だった「宮崎移住」

「有名企業じゃなくても、リリースによって、取材が絶えない状態は作れる」

私にそう思わせてくれたのは、移住時代の広報経験でした。私は会社員を辞めた翌年、2018年1月から2020年12月までの丸3年間、宮崎県に移住し、東京との二拠点生活をしていました。

児湯(こゆ)郡新富町という人口1万6000人あまりの縁もゆかりもない小さな町に、思い立ったように移住を決めたのです。

きっかけは、その町に設立された「一般財団法人こゆ地域づくり推進機構」の代表理事に「広報の立ち上げをやらないか?」と誘ってもらったことでした。フットワークの軽さだけは自信があり、後先はあまり考えずに飛び込んでしまったのですが、冷静に思い返すとかなり無謀でした。

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