ところが、トラス首相は、そのきわめて短い任期中に急速に市場からの信頼を失い、ポンド安と株安を招いた。短期間で辞任したクワジ・クワーテング氏に代わって財務相となったジェレミー・ハント氏は、混乱が続くイギリス経済を立て直そうと、トラス首相の打ち出した減税策のほとんどを撤回した。市場からも、保守党からも、世論からも信頼を失ったトラス首相は、その帰結として、イギリス政治史上最短の首相在任期間という屈辱的な記録を残して、首相の座を降りざるをえなくなった。
ブレグジットの国民投票から6年間、イギリスではブレグジット、コロナ禍、そしてウクライナを侵略したロシアに対する経済制裁といった一連の困難が続いた。それにより、イギリスは経済状況の悪化に苦悩する結果となった。現実的な政策によりこれらの困難を乗り越えていく努力をすることよりも、自国の「偉大さ」を繰り返し説くポピュリズム的な主張に、イギリスの世論は魅了されていった。
イギリス国民は困難から目を背けた
2019年12月のイギリス総選挙では、そのような主張を繰り返すジョンソン首相率いる保守党が大勝し、ジョンソン政権はとりあえず国民の信任を得た。だがそのことは、イギリスが直面する経済的な困難や、政治的な困難に対して、イギリス国民が目を背けることを意味した。
10月25日にトラス首相を継いで首相となったスナク氏は、2人の前任者に比べて、より現実的な経済政策を提唱して、イギリスの抱える困難に誠実に向き合う姿勢を示している。そもそもその3カ月ほど前に、ジョンソン首相辞任を受けた保守党代表選を戦う際に、トラス氏の非現実的な財政政策構想を、スナク氏は「まるでおとぎ話のようだ」と揶揄して、厳しく批判した。
明確な財源なく、あらゆる階層を満足させようとアピールすることは、深刻なインフレを招いてイギリス経済を破綻させるであろう。ジョンソン政権の財務相として、コロナ禍の中のイギリス経済の舵取りをしたスナク氏への保守党内での信頼は厚い。だが、スナク新首相が安定的に政権運営を行えるほど、イギリスが抱える問題は単純ではない。
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