北海道・紋別「アザラシ救助隊」の過酷な救助現場 可愛くても野生動物に近づいてはダメな理由

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現場に向かう時の持ち物は、アザラシを収容するコンテナ、タオル、麻袋、ゴム手袋、記録用紙とボールペンだ。記録用のカメラは、スマートフォンで代用する。地図も同様である。

私がとっかりセンターに勤め始めたころは、まだいわゆるガラケーを使っていて、カメラの性能もそれほど良くなかった。カーナビすら付いていない車で、車に積んでいた道路地図を頼りに現場へ向かっていた。この10年のあいだに「便利な時代になったなぁ」とあらためて思う。

慌てていると忘れがちなのは運転免許証だ。走り出してから不携帯に気づいて取りに戻ることが何度かあり、特に気をつけるようにしている。これらを車に詰め込み、準備ができ次第、現場へ向けて出発する。

受け入れ準備

もう一方の飼育員は、平静を装いながら、やや急ぎ気味に通常業務を続ける。保護個体が来るからといって、飼育個体の世話やお客様対応がなくなるわけではない。

いつもどおりに餌を与えたり、アザラシの説明をしたりしながら、頭の中では「次にあれをやって、これをやって……」と次の段取りをフル回転で考えている。保護個体の受け入れ準備をするのも、こちらの班の仕事だ。

「アザラシペン」と呼ばれるアザラシの病院内の個室に、スノコを敷いて準備する。よく「アザラシって乾いても平気なの?」と聞かれるが、答えはYESだ。まったく問題がない。夏の暑い日に、絶対に目の前にあるプールに入った方が涼しいはずなのに、日向ぼっこをしてカラカラに乾いていることもよくある。

空気中に比べて水中は熱が逃げやすいので、弱っているアザラシを水の中に入れると、体温や体力をさらに奪ってしまう。そのため、保護個体はまずは水には入れず、陸上で飼育する。その際、排泄物で体が汚れるのを少しでも減らすためのスノコである。

次に用意するのは、作業用のカッパと消毒槽。野生のアザラシはどんな病原体をもっているかわからない。コロナ禍を経験した読者のみなさんはよくご存じだろうが、ウイルスや細菌、寄生虫など、目に見えない病原体と戦うのはとても難しいのだ。

いくら保護アザラシを個室で飼育するといっても、そこを出入りする人間が、病原体を外へ運んでしまっては意味がない。慎重には慎重を期し、保護個体ごとに専用のカッパやゴム手袋を着用して作業する。そして、それらはそれぞれの個室から外には持ち出さない。長靴の底は消毒槽をしっかり踏んで消毒する。これらの工程は、過去の苦い経験からである。

ある年、ゴマフアザラシ2頭とクラカケアザラシ1頭が保護された。ゴマフアザラシ2頭は比較的順調に回復していたが、クラカケアザラシ1頭は下痢が続いていた。

するとその後、順調に回復していたゴマフアザラシ2頭も下痢をするようになってしまったのだ。2頭の便を顕微鏡で観察してみると、何かがうようよと動き回っていた。これはおそらく原虫(肉眼では見ることができない寄生虫)で、下痢の原因だと考えられた。

次ページ「うようよと動き回る何か」が便の中に…
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