辻仁成「世界一の手作り肉まんを息子と食べた日」 人生の岐路に立つ息子にぼくが語った2つの事

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「っていうか、まず、何になりたいわけ? どういう仕事につきたいの?」

「パパ、それがわかってたら相談しないって。それがまだ決まってないのに、今選択コースを決めないとならないから悩んでる」

「好きなことだけ勉強しとけば? 好きなことなら続けられる」

「うん、そう思って二つのコースが残った。一つは生物学、政治学、経済学のコース。もう一つは政治学、数学、哲学のコースなんだ」

「哲学が入ってる方でいいんじゃないの? 君、哲学好きじゃん。そのコースには数学が入ってるからとりあえずつなげられる。どっちも政治が入ってるんだね。他のコースは?」

そして息子は肉まんを頬張った

うん、と息子が言って、肉まんを頰張った。からしが辛かったのか咳込んだ。

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「法律とか政治を勉強したい」

「弁護士になるつもり? まさか、政治家に?」

「まさか。でも、環境問題とかを扱う仕事に興味がある」

ぼくは急いで肉まんを飲み込んでから、息子と向き合った。

「お金持ちになりたいか? お金なくてもいいか? どっちだ?」

「ないよりはあった方がいい」

「フランスも日本もこれからは経済が厳しくなる。政治や法律だけだと就職先が限定される ぞ。お前は日本人だから、普通のフランス人よりも就職のハードルは高い。フランスは階級社会だからな。相当な覚悟で勉強しないとならない。お前の友だちは立派な家の人が多いから、 企業とかにコネがある。でも、お前はパパしか血がつながった人間がいない上に、残念ながらパパはこんなじゃん。ということは実力で勝ち上がっていかないとならない。パパにもしものことがあったら、この国でお前をサポートする人間がいなくなる。日本に戻るにしても君の生まれ故郷はフランスで、君の第一言語はフランス語だから、フランス語圏でまずは就職する方が圧倒的に有利だ。もしくは大学からイギリスなど英語圏に渡って英語を習得するか、どちらにしても言語の影響が大きいし、その上で専門職を手につける必要がある。エンジニアでも、 医者でも、経済の専門家でもだ。道が決まってないなら、まず、つぶしがきくものを選んで、 人生に猶予の期間を設け、いち早く将来の目標を決め込んで、そこにシフトしていくしかない。数学を入れておけばどっちにも転がることができる。パパのアドバイスはその二点だ」

「二点?」

「数学は選んでおけということ」

「もう一つは?」

「手作りの肉まんに勝る肉まんはこの世界にはないということだ」

息子が笑った。わかったよ、ありがとう、と言った。そして、残った最後の肉まんに手を伸ばした。その味を覚えておけ。

次回:辻仁成「息子にチャーハンの作り方を相談される」

辻 仁成 作家

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つじ ひとなり / Hironari Tsuji

東京生まれ。1989年「ピアニシモ」で第13回すばる文学賞を受賞。以後、作家、ミュージシャン、映画監督など幅広いジャンルで活躍している。97年「海峡の光」で第116回芥川賞、99年『白仏』の仏語版「Le Bouddha blanc」でフランスの代表的な文学賞であるフェミナ賞の外国小説賞を日本人として初めて受賞。『十年後の恋』『真夜中の子供』『なぜ、生きているのかと考えてみるのが今かもしれない』『父 Mon Pere』他、著書多数。近刊に『父ちゃんの料理教室』『ちょっと方向を変えてみる 七転び八起きのぼくから154のエール』『パリの"食べる"スープ 一皿で幸せになれる!』がある。パリ在住。

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